1.血管の基本構造
血管の基本的な構造は、内皮細胞からなる内膜、平滑筋が主となる中膜、そして結合組織が豊富な外膜の3層からなる。
、血管内皮細胞は、血管内腔側、つまり血液が流れる側に面して存在し、血液と組織間の物質・ガス交換の場となっている。さらに内皮細胞の重要な機能として、抗血栓作用をもつほか、血管作動性物質も分泌している。
、血管平滑筋細胞は、血管を取り囲むように配列し、動脈系では特に密に存在して中膜を形成する。血管平滑筋細胞は、ホルモンあるいは血管運動神経の支配を受け、常にある程度の緊張を保っている。
、外膜の結合組織中には、交感神経節後線維がネットワークをつくって存在している。交感神経線維の膨大部に貯蔵されている神経伝達物質のノルアドレナリンは、活動電位(インパルス)に伴って放出され、効果器である血管平滑筋細胞の収縮を引き起こしている。
2.自律神経による血管の収縮制御
末梢の動脈(抵抗血管)の血管緊張が増加すると、血管内径の減少が起こり血流抵抗が上昇する。血圧は、心拍出量と末梢血流抵抗の積におおむね比例するため、抵抗血管の収縮制御機構は、血圧の維持・調節において重要な役割をもっている。
、交感神経節後線維はアドレナリン作動性線維であり、血管平滑筋細胞のα受容体を介して、細胞内カルシウム貯蔵部位からのカルシウム放出や、細胞外からのカルシウム流入を引き起こして、平滑筋細胞内カルシウム濃度を上昇させて、血管を収縮させる。
、実際には、血管平滑筋の緊張状態を保つために、交感神経節後線維は絶えずインパルスを発生している。インパルス頻度が増加すると、ノルアドレナリンの放出が増加してさらに血管緊張を高め、逆にインパルス頻度が低下すると、ノルアドレナリンの放出は減少して血管は弛緩へ傾く。このように、交感神経は血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度制御を重要な要因として、血管運動を調節している。
3.血管平滑筋細胞内カルシウム濃度制御機構
平滑筋細胞における細胞内カルシウム動員機構の略図を図1に示す(*1)。
@Ca2+チャネル 、膜電位依存性 、受容体共役型 、Ca2+ストア共役型 、機械受容 ACa2+放出チャネル 、リアノジン受容体 、TP3受容体
Ca2+排出機構 BCa2+ポンプ(細胞膜型)あるいは 、Na+/Ca2+交換機構 CCa2+ポンプ(小胞体) |
【図1】血管平滑筋細のCa2+濃度制御機構 |
細胞内外には、1万倍のカルシウム濃度差があるので、細胞内にカルシウムを動員する機構の一つとして細胞外からの流入による経路がある。また、細胞内では、主として小胞体がカルシウム貯蔵庫(ストア)として機能しており、ここからもカルシウムは放出される。
、細胞外からのカルシウム流入経路には、1)膜電位依存性Caチャネル、2)受容体共役型Caチャネル、3)カルシウムストア共役型Caチャネル、4)機械受容チャネルなどがある。
、一方、細胞内カルシウムストアからのカルシウム放出経路としては、1)イノシトール三リン酸(TP3)受容体と、2)リアノジン受容体があげられる(*2)。
膜電位依存性Caチャネルには、T型やL型などがあり、両者には膜電位依存性や平均開口時間などに違いがある。平滑筋細胞に多く発現しているL型Caチャネルは、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬で遮断される。種々のアゴニスト(ホルモン、神経伝達物質など)は、細胞膜上のイオン選択性の低いチャネルを開き、脱分極を起こす結果、二次的に膜電位依存性Caチャネルを開口させて、カルシウム流入を起こすことがある。
受容体共役型Caチャネルは、アゴニストが受容体に結合して直接Caチャネルを開口させるものと定義されるが、分子レベルではまだ不明の点が多い。ウサギ耳動脈平滑筋などにおいて、ATP受容体であるとともにイオンチャネルでもあるP2X受容体の存在が報告されている(*3)。これは、比較的カルシウムに対する選択性が高い。しかしこれ以外には、厳密に膜電位依存性チャネルと区別されたチャネルは現在までのところ報告されていない。
その他に、カルシウムストアが枯渇すると開口するカルシウムストア共役型Caチャネル、細胞膜の伸展などの機械的刺激によって開く機械受容チャネルなどが報告されているが、実体についてはまだ十分に明らかになっていない。
4.血管平滑筋細胞のカルシウムオシレーション
すでに述べたように、血管平滑筋細胞の細胞内カルシウム濃度制御は、血管緊張の保持・調節の基礎をなし、血圧制御に深く関与している。血管平滑筋のカルシウム動員制御機構を明らかにすることは、高血圧などの病態生理、治療薬の薬理作用を理解するうえで重要である。
これまでの細胞内カルシウム動員に関する研究では、蛍光分光光度計を用いて、血管組織全体の平滑筋細胞のカルシウム反応の平均化したものを測定するか、顕微蛍光測光により、単離細胞あるいは培養系で個々の細胞のカルシウム変化を測定する方法が広く使用されていた。このような研究の暗黙の前提として、すべての平滑筋細胞が一様に反応すると考えられてきた(*4、*5)。しかし、実際の組織内で個々の細胞が経時的にどのように反応しているかについては明らかでなかった。
最近になって、血管平滑筋の細胞内カルシウム濃度の変化を、共焦点レーザー顕微鏡を用いて、高い空間分離能と十分な時間分解能をもった二次元画像により観察すること(カルシウムイメージング)が可能となった。共焦点レーザー顕微鏡は、焦点深度の浅い蛍光顕微鏡であり、組織標本を用いても、厚さ数ミクロンの断層像を観察することができる。その結果、培養や急性単離といった処置を行わなくても、組織構築を残した血管壁の状態のままで、平滑筋細胞層に焦点面を合わせて、個々の細胞のカルシウムシグナルを観察することがはじめて可能となった(*6)。
ラット尾動脈血管組織に蛍光カルシウム指示薬フルオ(Fluo−3)を負荷した後、交感神経ネットワークを電気刺激すると、すべての平滑筋細胞が同期して反応するのではなく、従来の暗黙の仮定に反して、個々の平滑筋細胞でばらばらに、細胞内カルシウム濃度の周期的な上昇が観察されいる。 この周期的カルシウム濃度上昇(カルシウムオシレーション)は、空間的にみると細胞内を20μm/s程度のスピードで伝播するカルシウムウェーブを形成しており(図2)、細胞内カルシウム放出に依存した反応であることが明らかにされた(*6)。 |
【図2】血管平滑筋細胞の細胞内Ca2+
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このカルシウムオシレーション/カルシウムウェーブは、神経を電気刺激した場合だけにみられるものではなく、一定の濃度のノルアドレナリンで平滑筋を刺激しても観察された。また、血管収縮物質であるアンジオテンシンでも、同様の結果が得られている。このことから、このカルシウムオシレーション/カルシウムウェーブは、神経伝達物質の濃度が変動していたために引き起こされた反応ではなく、動脈平滑筋細胞の基本的なカルシウム濃度上昇パターンと考えられる。また、カルシウムオシレーションは細胞ごとに異なった時相で起こるため、平均化された組織全体の反応ではカルシウム濃度変化はオシレーションとしては観測されず、平滑な反応としてのみ観測される。すなわち、画像解析法により、すべての平滑筋細胞は同じように反応するという従来の概念を更新する結果が得られている。
5.カルシウムウェーブのメカニズム
平滑筋細胞には、ノルアドレナリンに対するα受容体が存在し、この受容体が刺激されると(図3A)、ホスホリパゼCが活性化されて、細胞膜直下でTP3が産生される。
このTP3は、細胞内に拡散しTP3受容体に結合して、細胞内カルシウムストアからのカルシウム放出を促す(図3B)。
実は、このTP3によるカルシウム放出にはカルシウム感受性があり、生理的濃度条件では、カルシウムはTP3によるカルシウム放出を促進する(図3C)(*7、8)。
このようなTP3受容体の性質により、カルシウムウェーブの発生機構は次のように理解される。
すなわち、細胞内でTP3濃度が上昇しても、それだけでは不十分で、カルシウム放出は起きない。
しかし、どこか1カ所でカルシウム放出が起こると、それが、近傍のTP3受容体をを活性化する。それがまたさらに隣のTP3受容体を活性化する。ちょうどドミノ倒しのように、1カ所て゜カルシウム放出が起きると、それが、次々と続いていくことによりカルシウムウェーブが起きると考えられている(図3D)。 |
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6.血管の弛緩と内皮細胞
血管平滑筋の収縮・弛緩は、血管内皮細胞から放出される化学物質により制御を受けている。血管内皮細胞は、アセチルコリン、プラジキニン、サブスタンスP、トロンピン、ずり応力などの刺激により、内皮由来血管弛緩因子を放出する(*9)。
、この内皮由来血管弛緩因子の代表的なものは、一酸化窒素(NO)である(*10,11)。内皮細胞にはカルシウム/カルモジュリン依存性の酵素であるNO合成酵素が存在し、内皮細胞内のカルシウム濃度上昇が、NO合成の引き金となる。
アセチルコリンやプラジキニンで内皮細胞を刺激すると、内皮細胞においても、カルシウムオシレーションやカルシウムウェーブが観察される。これに際してNOが産生され、血管平滑筋細胞に拡散してグアニル酸シクラーゼを活性化すると、細胞内カルシウム濃度が低下し、収縮蛋白系のカルシウム感受性も低下する。両方の作用が相乗的に作用して血管の弛緩を引き起こすと考えられているが、それぞれのメカニズムは明らかでない。
アセチルコリンで内皮細胞を刺激した状態で、同時に交感神経を電気刺激して、平滑筋細胞におけるカルシウム濃度変化をカルシウムイメージング法を用いて観察してみると、個々の細胞におけるカルシウムオシレーションの頻度が減少していることがわかってきた。
、このアセチルコリンの平滑筋のカルシウム応答に対する効果は、NO合成阻害薬であるL−NAME投与により消失した。このことから、これらのアセチルコリンによる反応は、主としてNOを介するものと考えられ、カルシウムオシレーション機構に作用して細胞内カルシウム濃度低下作用を及ぼしていることが明らかになってきた。
降圧薬として広く用いられているカルシウム拮抗薬の作用部位は、膜電位依存性L型Caチャネルであることから、血管弛緩作用のメカニズムは、血管平滑筋細胞内へのカルシウム流入を抑制して細胞内カルシウム濃度を持続的に低下させることと考えられてきた。
、実際、組織全体で平均化した平滑筋細胞内カルシウム濃度測定では、カルシウム拮抗薬存在下に持続的カルシウム濃度低下が観測されている。
、しかし、動脈壁のカルシウムイメージングによる最近の結果では、カルシウム拮抗薬の一つであるニカルジピンは、個々の細胞レベルでカルシウムオシレーションの頻度を低下させていることが示されている。
この結果は、カルシウム流入抑制が直接のカルシウム濃度低下の機序ではなく、これによりカルシウムオシレーションを起こしにくくすることが、カルシウム拮抗薬の作用であることを示唆している。
おわりに
最新のカルシウムイメージング法を駆使して、組織構築を維持した血管壁における個々の細胞応答を可視化することにより、血管平滑筋細胞では、カルシウムオシレーション/カルシウムウェーブが収縮の制御に深く関与していることを概説した。
、さらにカルシウム拮抗薬やNOなどの血管弛緩薬は、カルシウムオシレーションの頻度を変えることにより、血管の弛緩を引き起こしていることが示唆されている。細胞内ストアからのカルシウム放出により、カルシウムオシレーション/カルシウムウェーブが形成されており、この調節機構は、細胞外からのカルシウム流入機構とともに、血管緊張の維持・制御に重要だと考えられる。
参考文献
(*1) | Boltom TB : Mechanism of action of transmitters and other substances on smooth muscle. Physiol Rev 59:606-718,1979 |
(*2) | Iino M : Calcium release mechanisms in smooth muscle.
Jpn J Pharmacol 54:345-354,1990 |
(*3) | Benham CD, Tisen RW : A novel receptor-operatedCa2+permeable channel activated by ATP in smooth muscle.Nature328:275-278,1987 |
(*4) | Xiao X-H, Rand MJ : α2-Adrenoceptor agonists enhance vasoconstrictor responses to α-adrenoceptor agonists in the rat tail artery by increasing the influx of Ca2+. Br J Pharmacol 98:1032-1038,1989 |
(*5) | Nelson MT, Quayle JM : Physiological roles and properties of potassium channels in arterial smooth muscle. Am J Physiol 268;C799-C822,1995 |
(*6) | lino M, Kasai H et al. Visualization of neural control of intracellularCa2+ concentration in single vascular smooth muscle cells. in situ EMBOJ13:5026-5031,1994 |
(*7) | lino M : BiphasicCa2+dependence of inositol 1,4,5-trisphosphate^induced Ca2+ release in smooth muscle cells of the guinea-pig taenia caecl. J Gen Physiol 95:1103-1122,1990 |
(*8) | lino M, Endo M : Calcium-dependent immediate feedback control of inositol 1,3,5-trisphosphate-induced Ca2+release. Nature 360:76-78,1992 |
(*9) | Moncada S, Palme RM et al. nitric oxide : Physiology, pathophysiology, and pharmacology. PharmacolRev 43:109-142,1991 |
(*10) | Knowles RG, moncada S : Nitric oxide as a signal in blood vesseis. Trends Biochemi Sci 17:399-402,1992 |
(*11) | Person PB : Modulation of cardiovascular control mechanisms and rheir interaction . Physiol Rev 76(1):193-244,1996 |