カルシウムの腸管吸収の仕組み

新木敏正

昭和大学歯学部生化学教室




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はじめに
1.カルシウムの恒常性
2.ビタミンDとカルシウム吸収との関係
3.小腸におけるカルシウムの輸送機構
1)刷子縁膜におけるカルシウムの取り込み
2)細胞内におけるカルシウムの輸送
3)漿膜を横切るカルシウムの輸送
4.カルシウム吸収を高める方法について
おわりに


はじめに

  近年本邦でも高年齢人工の増加によりカルシウム不足に伴う疾患、骨粗鬆症の患者が増加するとともに、若齢者においても食生活の変化から骨折しやすい児童が増え社会的な問題となっている。これらの疾患ならびに症状は、生体のカルシウム・バランスが負に陥ること、あるいはカルシウムの摂取不足が原因で発症すると考えられている。それでは、健康な生体の維持にはどれほどのカルシウムが必要であるのかを考えてみたい。

 成人(体重60kg)のからだの中には約1,000gのカルシウムが存在するが、カルシウムの99%は硬組織(骨と歯)に含まれ、残りの1%が筋肉、血液、脳脊髄液などに含まれている。生体はなぜカルシウム不足に陥りやすいのであろうか。

 生命は海から誕生したということが、今日ではほとんど定説のようであるが、人類は海でなく陸で棲息するように進化したことがカルシウム不足に陥りやすい最も大きな原因と考えられる。海はカルシウムの宝庫である。海水の組成をみればカルシウムの濃度が10mMと高いことからも明らかである。したがって、海水中に棲息する魚類等はカルシウムが過剰になることがあっても不足する事態に陥ることは決してない。
しかし、陸上に生活する生物はカルシウムを食物として摂取しない限り、細胞を通して吸収することができない。このことがカルシウム不足に陥りやすい最も大きな原因と考えられている。

1.カルシウムの恒常性

 高等動物の血清カルシウムレベルは厳格に10mg/dl(2.5mM)に調節されている。このことをカルシウムの恒常性という。カルシウムの恒常性はどのように維持されているのであろうか。生体のカルシウムは動的平行の結果、恒常性が保たれている。

 成人が食事から摂取する1日のカルシウム量を約1gとすると、このうち300mgが小腸(十二指腸)における能動輸送(エネルギーを利用した輸送)によって吸収される。このうち200mgは速やかに胆汁とともに小腸内に排泄されるが、このうちの50mgは小腸の下部で受動的に拡散(濃度勾配に従った輸送)によって再吸収される(図1)。

【図1】生体でのカルシウム代謝

 結局体内に吸収されるカルシウム量は150mgとなり、この量と同量のカルシウムが尿中に排泄されていることから収支はゼロとなる。このカルシウムの収支は1日の量を合計で示したものであり、食間には、腸管からカルシウムの吸収が起こらないため、生体は骨を溶解して血液中のカルシウムの恒常性を保つ必要がある。したがって、骨組織はカルシウムの恒常性のために1日当たり500mgのカルシウムを溶解・蓄積し、この反応を繰り返さなければならないのである。

 成長期の子どもでは骨の成長が日単位で著しく、当然のことながらカルシウムのバランスはプラスでなければならない。4〜5歳の子どもでも1日70〜80mg、15〜16歳の子どもでは実に1日350〜400mgものカルシウムがプラスでなければならない。したがって、このような成長期の子どもが十分な量のカルシウムを摂取しなかったり、カルシウムの摂取阻害や、ビタミンDの代謝異常があったりすると、骨の脆弱化が起こる。
最近の子どもたちが骨折しやすい原因の一つとしては、日常のカルシウム摂取不足によるためとも考えられる。それでは、生体のカルシウム・バランスを正に保つためには、どのようにしたら良いのであろうか。

 陸上に住むわれわれ人間が、カルシウムを生体に取り込むことができる唯一の経路は、食物に含まれるカルシウムを消化管を介して摂ることである。それでは、消化管のどこで吸収が起こり、効率良くカルシウムを摂るためにはどのような注意をすればよいか調べてみよう。

 小腸は十二指腸、空腸、回腸からなり大腸につながっている。これらの小腸のどの部位でカルシウムは吸収されるのであろうか。このことを調べるためには、小腸を反転させてカルシウムの輸送を調べる優れた方法がある。

 図2のように小腸の食物の通る粘膜部分と血管のある筋肉部分を裏返して、外側と内側に同じ濃度のカルシウム溶液を加えて、輸送が起こるか否かを調べてみると、十二指腸の部分でのみ輸送が起こり、ほかの空腸ならびに回腸を用いて同様の実験を行った場合には輸送が起こらないことが判明した。
また、同様の実験をビタミンD欠乏の動物より採取した十二指腸と、正常動物の十二指腸を用いて調べてみると、D欠乏の十二指腸はカルシウム輸送能力がないことから、腸管カルシウム吸収にビタミンDが重要な役割をしていることが明らかとなった。

【図2】腸管カルシウム吸収の測定法

2.ビタミンDとカルシウム吸収との関係

 それでは、ビタミンDとはどのようなものかについて述べる。ビタミンDはそもそも抗クル病因子として発見された脂溶性ビタミンであるが、その後、活性型代謝物[1α,25−ジヒドロキシビタミンD3{1α,25(OH)23}]およびその核内受容体(VDR)が発見されるに及び、現在ではステロイドホルモンの一種とみなされている脂溶性の生体内物質である。

 皮膚でコレステロール合成の前駆物質である7−デヒドロコレステロールが紫外線を受けて合成されるビタミンD3あるいは食餌性のビタミンD3は肝臓で25−ヒドロキシビタミンD3[25(OH)D3]に代謝され、さらに腎臓で1α位が水酸化され、1α,25(OH)23に変換される(図3)。

 1α,25(OH)23は作用する細胞(標的細胞)のVDRに特異的に結合する。
このリガンド・VDR複合体が9−cis−レチノイン酸受容体(RXR)とともにビタミンD標的遺伝子のビタミンD応答配列(VDRE)に結合して標的遺伝子の転写を制御することにより、作用を発現することが明らかになった。
したがって、カルシウム吸収の効率を高めるためには、紫外線に良くあたり、ビタミンDを多量に含む食餌を摂取することが重要である。

【図3】生体内におけるビタミンDの代謝経路と生理作用

 ビタミンDの標的器官の中で、その作用機序が最も古くから調べられているのは小腸であるが、未だ十分に作用が解明されていない。 Wasserman の発見したビタミンD依存性カルシウム結合蛋白質(CaBP、カルビンデインとも呼ばれる)は、はじめニワトリの小腸から分離され、1α,25(OH)23によって合成が促される唯一の蛋白質であると考えられていた。
事実、ビタミンD欠乏動物の小腸にはカルビンデインが全くみいだされない。また、カルシウムあるいはリン酸の摂取が少なくなると、小腸のカルビンデイン量が増加する。これは、カルシウムあるいはリン酸の摂取量の減少に伴う生体の適応現象で、この過程には1α,25(OH)23の合成増加が関与している。
実際、小腸にみいだされる1α,25(OH)23量とカルビンデイン量との間にはきれいな相関関係があり、このこともカルビンデインがビタミンDに依存した小腸のカルシウム吸収機構に何らかの役割を演じていることは疑問の余地がないと考えられる。
しかしその後、カルビンデインの分布は小腸以外にも腎臓、胎盤、脳、副甲状腺、唾液腺、骨、膵臓などにもみいだされた。これらの臓器はいずれも1α,25(OH)23の標的細胞であることが報告されており、またカルシウムの輸送が活発に起こっている臓器でもあることも興味深いが、カルビンデインとカルシウム吸収との関係を説明できる十分なデータとはなっていない。