成長とカルシウム

清野佳紀
岡山大学医学部小児科学教室

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1.遺伝、栄養、運動が重要な因子
2.未熟児はすでに骨粗鬆症
3.子どもの骨折率が増えている
4.カルシウム摂取、運動とも重要
5.小学生の検診が最も大切


1.遺伝、栄養、運動が重要な因子

 わが国の骨粗鬆症患者は、21世紀初頭には1,000万人を越すだろうといわれており、これは腎不全で透析を受けている人が約10万人であるのに比べても、非常に膨大な数である。最近の統計によれば、寝たきりの2番目の原因が骨折であり、このことから考えても、骨粗鬆症の問題には真剣に取り組む必要があると思う。

 骨粗鬆症の予防には2通りある。
一つは、骨粗鬆症は骨量が減少し骨折のリスクが高まる病気なので、まず骨量を減らさないようにするという考え方である。老化とともに骨量が減少し、平均の骨密度が、若年の最大値から−3SD(標準偏差)にまでになると、その90%の人が骨折するといわれている。つまり、骨量がその危険域に入らないようにしようということである。しかし骨が減っていくことは老化現象の一つなので、減少するのを完全に止めるのは難しいことが最近ではわかってきた。

 そこでより有効な予防方法として、若いうちにできるだけ骨量を高めておこうとする。もう一つの考え方が有力視されるようになってきている。骨量をできるだけ高めておけば、年をとって骨量がある程度減少しても、絶対骨量が多いので骨折しなくなるのではないかという考え方である。世界的にも、この考え方が主流となってきている。

 では、次にどういう条件で骨量が大きくなるのかを考えてみたい。
骨量を高めるには、@遺伝、A栄養、B運動の3つが重要だと考えられる。
栄養は、骨をつくる材料となるカルシウム、蛋白質などの十分な摂取が重要であり、運動はその材料を効果的に使って骨量を大きくする重要な因子である。

 遺伝については、長寿科学研究班の最近の研究によって次のようなことが明らかになっている。
骨粗鬆症によって骨折した人を調べると、母親が同じように骨折したり腰が曲がったりした人に圧倒的に多く、このことから骨粗鬆症は遺伝の影響が大きいと考えられる。

 また、昔から一卵性双生児を使った研究が数多くあり、それらの成績によると、25歳ぐらいまでは双生児の骨は骨量も長さもほとんど同じであるが、25歳を超えるころから双生児の骨の骨量と長さ に差異が出現することがわかっている。

 図1は、一卵性双生児と二卵性双生児について、それぞれ6〜18歳の骨量と骨幅を調べたデータである。この図をみると、二卵性双生児の場合、兄弟あるいは姉妹の骨量・骨幅にかなりの差異がみられるものがあるのに対し、一卵性双生児では兄弟・姉妹の間に骨量・骨幅にほとんど差がみられないことがわかる。

 しかし、ある程度年がたつと、環境の要因によって一卵性双生児でも骨の密度と長さに差異がみられるようになる。
つまり、骨量は若いころは遺伝の影響を強く受けるが、加齢とともに環境あるいはライフスタイルによって骨量が左右されるということである。
骨粗鬆症予防を考えるうえで、興味深い現象であるといえよう。

【図1】双生児の骨

 現在では、遺伝子を調べて、低骨密度のリスクをもっているかどうかがわかるようになってきた。遺伝の要因があれば骨粗鬆症になる危険率が高いため、この遺伝要因を若いときに早く発見し、将来、骨粗鬆症にならないためのカルシウム、ビタミンDの投与やライフスタイルの改善をあらかじめ行うことが可能になってきたのである。
先に述べたように、もし低骨密度のリスクをもっていたとしても、こうした改善を行うことによって骨粗鬆症は必ず予防できるようになると考える。骨の代謝は非常に周期の長いものなので、骨量は一生の長いライフスパンで考えるべきである。

2.未熟児はすでに骨粗鬆症

 ところで、人の一生はいつからはじまるのだろうか。それは母親のお腹で受精したときにはじまる。骨量の一生を考えるとき、胎児の時期が最も重要な時期である。赤ちゃんの骨をつくるためには30〜50gのカルシウムが必要で、成人のカルシウム所要量がわずか0.6g/日であることからみると、これは大変なカルシウム量であることがわかる。

 もし、母親が妊娠中にカルシウムをまったく摂取しなかったとしたら、赤ちゃんに必要な30〜50gのカルシウムは、母親の骨から溶けだして供給されることになる。成人では体内にカルシウムが約1kgあり、その99%は骨に蓄えられている。
母親が食べ物からカルシウムを摂取しないでいると、不足分はその母親の骨に貯蔵してあるカルシウムで補うことになり、骨からは5%ものカルシウムが失われる結果になる。これは非常に由々しい事態であり、特に自分の母親が骨折したり腰が曲がったりしている妊婦の場合、十分にカルシウムを摂取する必要がある。

【表1】カルシウムの所要量
(厚生省保健医療局健康増進栄養科、日本人の栄養所要量より)

 厚生省の『日本人の栄養所要量』では、妊婦のカルシウム摂取は0.9g/日(表1)となっているが、外国人では1.5g/日である。

 次に出産期以降の問題であるが、新生児は、未熟児で生まれてくる可能性がある。未熟児は生まれたときから骨密度に問題をかかえており、われわれのデータ(図2)でも未熟児はすべて骨減少症になっている。

 そうした未熟児は、1歳になっても2歳になっても他の健康児の骨量に追いつくことができない。骨粗鬆症のはじまりは赤ちゃんにある、といっても過言ではない。

【図2】生後1カ月の骨密度(μ')

3.子どもの骨折率が増えている

 厚生省の『小児の骨発育と骨障害に関する研究班(班長:清野桂紀)』によって、膨大な人数の男女を対象に日本人の骨塩量の一生が調査された。その結果、女性は16〜18歳、男性は18〜20歳で骨塩量が最大値に達することがわかった(図3,4)。
また、女性は50歳以降に骨塩量が低下し男性は80歳以降に骨塩量が低下することもわかった。

【図3】日本人女性の骨塩量(n=1,400)
(清野、福永、折茂、1995)

【図4】日本人男性の骨塩量(n=1,400)
(清野、福永、折茂、1995)

 こうした加齢による骨塩量の低下は確かに大きな問題であり、そのため、これまで骨塩量の低下だけが問題とされてきたが、最近では、それよりも発育期の骨塩量を増加させる方が重要視されるようになってきたのは、先に述べたとおりである。また、老年期の骨塩量の低下のスピードに比べ、思春期の骨塩量増加のスピードが3倍も上回ることからも、発育期・思春期こそ骨を増やすのに効果的な時期であり、この時期が人生の最大骨量を増やす一番のポイントだといえる。

 その観点から、われわれは現代の日本の子どもの骨の状態を実情調査した。保育園の幼児から高校生までの骨を調べたデータによると、骨折する園児、学童、生徒の絶対数が増えているだけでなく、骨折率も増えていることがわかった。岡山県の調査では、最近7年間で、中学・高校生の骨折率が1.5倍となつている。しかも、それらの骨折した子どもの骨塩量を測定すると、骨塩量が低い子どもに骨折率が高いことがわかった。

 本来、骨塩量が急激に増えなければならない時期に骨塩量が増えないと、将来の骨粗鬆症予備軍に結びつく。若い時期に骨塩量が増えない原因は、一般的にはカルシウム摂取量の不足が考えられる。朝飯抜き、ダイエット、拒食症などが増えていることも無関係ではない。これらはいずれも骨塩量の減少につながる。普通の子どもは猛烈なスピードで骨塩量が増加しているのに、ダイエットや拒食症では逆に骨塩量は減少していく。重要な発育期に骨塩量が減ってしまうと回復不可能となり、取り返しのつかないことになってしまう。

4.カルシウム摂取、運動ともに重要

 遺伝、栄養、運動が骨を増やす因子となっているのは、それらの因子がそれぞれ骨を増やすホルモンに影響を与えるからである。さらに、それらのホルモンが成長因子に影響を与え、それぞれの成長因子が骨をつくるわけである。一般的には、男性では男性ホルモン、女性では女性ホルモンが多いと骨密度が高くなる。

 図5は、男性ホルモン(テストステロン)、女性ホルモン(エストロゲン)がそれぞれ5ng/ml(5pg/ml)以下と、それ以上の男女の6〜7歳と8〜9歳の骨量を示したものである。

 このデータをみても、性ホルモンの分泌が少ない男女とも、骨量の少ないものが多いことがわかる。

【図5】性ホルモンと骨量の関係

 運動の影響は大きい。運動すると骨が非常によく増える。その運動は運動部の激しい運動だけではなくおだやかな運動、例えばよく歩くことも骨に良い結果をもたらす。

 逆に、運動量の多い女子のマラソン選手には、骨塩量の低下がみられる。女子にとって、あまりにもハードなスポーツなので消耗が激しいことと、ハードな運動のため生理がなくなり女性ホルモンの分泌に悪影響を及ぼすからだと考えられる。(図6,7)。

【図6】日本人女性の骨塩量と運動の関係(西山)

【図7】日本人男性の骨塩量と運動の関係(西山)

 栄養の面では、カルシウムの摂取量が問題となる。われわれのデータでは、中学・高校生の男女とも必要量の60%しか摂取していない状況にある。わが国の厚生省が決めたカルシウム必要量は世界的にみると非常に少なく、例えば、日本では発育期の女子が700mg/日となっているのに対し、アメリカでは1,200〜1,500mg/日である。日本の必要量はアメリカの標準の半分である。体格の違いはあるが、日本の所要量は非常に少ないといえる。しかもこの所要量さえも充足していない日本の現状は、深刻であるといわざるを得ない。

 ところで、骨を増やすためにはカルシウムの摂取と運動とどちらが重要かがよく問題にされる。

 アメリカで、25歳前後の女性を対象に、カルシウム摂取量を一定にして万歩計で運動量に変化をもたせたグループと、万歩計で運動量を一定にしてカルシウム摂取量を変化させたグループとに分けて調べたところ、どちらのグループの女性も骨塩量が増加していた。この実験から、骨塩量の増加には、カルシウム摂取も運動も重要であると結論された。先に述べたように、骨量を高める重要な因子である運動、栄養を組み合わせて考えることが肝要である。

5.小学生の検診が最も大切

 以上のことから、現在、骨粗鬆症の検診が盛んにおこなわれるようになったが、骨粗鬆症の検診は小学生のときに行うのが最も重要である。小学生のときに検診を受け、その結果、骨塩量が低いとわかった子どもは、カルシウムを多く摂取し、よく運動をするなど環境を整え、10年ぐらいの間に骨塩量を増やすようにすべきである。これが骨粗鬆症の最良の予防法だといえる。

 岡山県は県が骨塩測定装置を備えたバス2台を購入し、子どもの骨塩量を測定している。測定法は害のない超音波によるものがよく、測定部位は下腿骨が最もよい。検診の結果低骨塩児と診断された子どもには保健指導を徹底的に行わなければならない(表2)。

【表2】低骨塩児への保健指導
1,小学校3年ごろに検診を行い低骨塩児に指導を行う。
2,低骨塩児に1日に1,000mg程度のカルシウム摂取と戸外における適切な運動を指導する。

 こうした人の一生と『骨量の一生』を考えた骨粗鬆症予防を進めていくことが、これからの高齢社会に求められている。