老年期とカルシウム

星野眞二郎:東京大学医学部老年病学教室

大内尉義:東京大学医学部老年病学教室

細井孝之:東京都老人医療センター

1.カルシウムと骨組織
2.日本人のカルシウム摂取状況
3.骨粗鬆症の病因
4.カルシウムと骨粗鬆症
5.カルシウム剤の副作用
参考文献

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1.カルシウムと骨組織

 カルシウムは骨組織を構成する主要な成分の一つであり、骨組織は生体内での”カルシウム貯蔵庫 ”としての役割を果たす。骨組織の約3/4はカルシウム、マグネシウム、リンなどの無機質からなり、カルシウムはそのうち約40%と最も多く、かつ食事からの摂取量が最も不足しがちな成分である。骨粗鬆症は骨塩量が病的に減少する結果、骨の微細構造が破綻し、易骨折性が増加する疾患である。

 骨塩量は遺伝的に決定されている部分もあるが(*1)運動などの機械的な負荷(*2)や食事からのカルシウムやビタミンD摂取量などの環境要因によってもある程度規定される(*3)。しかし、カルシウムなどの栄養素の摂取が不十分である場合には、運動の効果も限られる。
また、骨吸収は副甲状腺ホルモンなどのホルモンや、インターロイキン6などのサイトカインにより調節されている。
一方、副甲状腺ホルモンの分泌は細胞外液のカルシウム濃度の影響を受けている。発生学的に、海水から必要なカルシウムをいつでも取り込むことができる魚類と違って、陸上生物においてはカルシウム・バランスをマイナスにしないようにすることは容易ではない。摂取されたカルシウムが不十分である場合には、骨形成に必要な量を充足することができないばかりか、尿中へのカルシウム喪失が大きくなり、骨吸収が亢進し、結果的に骨塩量は減少すると考えられている。

2.日本人のカルシウム摂取状況

 カルシウムは牛乳などの乳製品や小魚などの海産物、緑黄色野菜などに多く含まれている。一般的にカルシウムは骨量減少の予防効果があることが知られており、食事からどれくらいのカルシウムを摂取しているかが問題である。
世界各国のカルシウム摂取量を比較してみると、乳製品を多く摂っている欧米諸国では多いが、日本では少なく、先進緒国では日本人が最もカルシウム摂取量の少ない国民である。例えば、日本人の1日の乳製品の摂取量は牛乳に換算して150mlであるが、デンマーク、イギリス、フランスなどでは牛乳に換算して、1日500mlから600mlを摂っているといわれている。

 1994年の National Institutes of Health ( NIH )Consensus Conference において、小児期には1日800〜1,000mg、12歳から14歳までは1,200〜1,500mg、25歳から65歳ごろまでは1,000mg、それ以降は1,500mgのカルシウムが骨形成および骨量の維持に必要であるとされた。これらのカルシウム所要量は米国人の場合であり、日本人の場合には、1日600mgとされている。
一般に米国人では蛋白質や塩分を多く摂取する傾向にあるため、尿中へのカルシウム喪失が増大して、カルシウムの必要量が増加すると考えられる。また、肉類などに含まれるリンの過剰摂取は十二指腸からカルシウム吸収を阻害するといわれている。さらに、リンは保存食品や清涼飲料水に多く含まれ、これらの過剰摂取はカルシウム代謝に悪影響を及ぼすと考えられる(*4)。

 ”必要量 ”とはカルシウム・バランスをゼロに維持するのに必要なカルシウム摂取量と定義されており、”所要量 ”はある集団の95%において、カルシウム・バランスをゼロまたはプラスに維持するのに要するカルシウム摂取量と定義されている。

 ”所要量 ”は、平均”必要量 ”+1.65x標準偏差で算出されるので、カルシウム”必要量 ”の測定が必要になる。
カルシウムは経口摂取されると、主に十二指腸および空腸から吸収される。カルシウム・バランスがプラスになると骨にカルシウムが蓄積され、マイナスになると骨からカルシウムが溶出される。”必要量 ”から、”所要量 ”は1日600mgとされている。しかし、高齢者では、加齢に伴う食事からのカルシウム摂取量の低下や腸管からのカルシウム吸収能の低下などから、カルシウム・バランスをブラスに保つためには850mgのカルシウム摂取が必要であるといわれている(*5)。
しかし、厚生省が毎年つくっている国民栄養調査においては、実際の日本人成人のカルシウム摂取量は1日579mgと所要量の96%であり、カルシウムは唯一依然として所要量に届いていない栄養素であり、飽食の時代といわれる現代の食生活においても、なお不足しがちである。

3骨粗鬆症の病因

 骨粗鬆症の病因については、いまだ未解決の部分も多いが、生理的な骨塩量の減少に加えて各個人が有する多くの要因が合わさって発症すると考えられている(図1)。

 すなわち、閉経によるエストロゲンの減少、カルシウム摂取量の減少、腸管でのカルシウム吸収率の低下、腸管からのカルシウム吸収を高めるビタミンD摂取量の不足、日光被曝時間の不足によるビタミンD産生不足、運動量の減少、加齢などの各要因があげられる。
内分泌学的には、性腺機能低下、カルシトニン分泌能の低下、副甲状腺機能亢進、ビタミンD活性の低下などカルシウム調節ホルモンの不均衡が加齢に伴って生じる。


【図1】骨粗鬆症の病態

 さらに、早期閉経、家族歴、遺伝、人種、低身長、やせ、運動不足、カルシウム摂取不足の食習慣、ストレス、コーヒーやアルコールの習慣、喫煙の習慣などの各危険因子が複雑に関与しながら、その発症に影響を与えていると考えられている。

【表1】 Riggs による骨粗鬆症分類
T型骨粗鬆症U型骨粗鬆症
年齢51〜75歳70歳以上
男女比(男:女)1:61:2
骨減少の部位主として海綿骨海綿骨と皮質骨
骨減少率亢進正常
骨折部位椎体(圧迫骨折)椎体(多発性で楔状)
副甲状腺機能低下亢進
カルシウム吸収減少減少
25(OH)D-1,25(OH)2二次的に低下一次的に低下
主な原因閉経に関連する緒因子加齢に関連する緒因子

 骨粗鬆症を骨代謝回転から分類することを、はじめて提唱したのは Riggs らである(*6)
(表1)。

 ヒトの骨量は成長とともに増加し、思春期から20歳くらいまでに最大骨量( peak bone mass )に達し、40歳くらいまではその値を維持する。閉経以降の急激な骨吸収の増加、加齢に伴う骨のリモデリングの uncoupling (骨形成量が骨吸収量を下回る)などにより、骨量が減少し、骨強度は低下する。
一般的に閉経期には女性ホルモンの急激な減少によって骨代謝回転は亢進し、高回転型の骨粗鬆症になり、骨量減少が急速に進行するが、高齢者の骨粗鬆症では低回転の骨粗鬆症を示すことが多く、穏やかな速度で骨量減少が進行するとされている。
この骨形成が低下する機序としては、骨芽細胞系細胞からの各種成長因子の産生量の低下、あるいは骨基質中への成長因子の蓄積量の減少のほか、成長因子に対する骨芽細胞の反応性の低下(*7)などが考えられている。また、加齢に伴って骨基質蛋白質の合成量も低下することが知られており、骨形成の低下に関与する可能性がある。

 従来、閉経後骨粗鬆症を高代謝回転型、老人性骨粗鬆症では低代謝回転型とするのが一般的であった。しかし、全身的な骨代謝動態を評価する骨代謝マーカーが出現して以来、この考え方は必ずしも当てはまらないことがわかった。
つまり、骨形成マーカーであるオステオカルシン、骨型アルカリフォスタファーゼ、骨吸収マーカーである尿中ピリジノリン、デオキシピリジノリンも65歳前後では減少せず、さらに最近では70歳以上の高齢者においても、全身的なレベルでは骨の形成も吸収も低下していない例がかなりあるとが明らかになりつつある(*7)。
また、実際に骨量を測定してみると、高齢者ほど測定値のばらつきが大きくなり、高齢になると誰もが骨粗鬆症になるわけではないことも判明している。

4.カルシウムと骨粗鬆症

 カルシウム摂取量と骨粗鬆症との関係を明らかにした疫学的調査として有名なものとして、 Matkovics らによるユーゴスラピアでの調査結果がある(*8)。これによると、カルシウム摂取量の多い地域と少ない地域で比較してみると、すべての年代において男女とも高カルシウム摂取地域の方が、高い骨量を示していた。一方、大腿骨頸部骨折の頻度をみても、男女ともに、カルシウム摂取量の多い地域で骨折の頻度は有意に低かったという。すなわち、高カルシウムの摂取は最大骨量を増加させ、骨量の減少を予防し、骨粗鬆症による骨折を減少させうることが示された。

 また、カルシウムの補充が、成長期の骨形成に重要であることについては異論のないところである。しかしながら、カルシウムの補充が骨量減少や骨折に対してどのくらいの予防効果を示すかについては、骨量減少速度を遅延させたり、骨折を減少させるという報告と、効果なしという報告があり、意見の一致をみていない。この原因とし prospective な研究が少ないこと、カルシウム摂取量の正確な把握が困難であることなどがあげられる(*9)。

 閉経直後の数年間では、カルシウム摂取はあまり効果がないとの報告がある(*10)。これは主に、この時期の骨量減少がエストロゲン欠乏によるためであり、必要な栄養素の欠乏だけによるものではないためであると考えられる。しかし、閉経後の期間が長くなった場合には、カルシウム摂取量を増やすことが効果的であることが、 prospective study により示されている(*11,12)。
また、必要量が増大する一方で、摂取量が低い傾向となりがちな高齢者においては、特にカルシウム摂取が重要であると考えられ、カルシウムの補充は骨量の減少を予防し、骨折の発生率を減少させるといわれている(*13)。

 これらのことから、もともとカルシウム摂取量の少ない日本人で、特に吸収率が低下している高齢者については、カルシウム摂取量を多くする努力が必要である。

 また、加齢とともに、腎機能は低下し、腎での1α水酸化酵素の活性低下とともに、1,25(OH)23の作用部位の一つである腸管におけるビタミンD受容体数が低下するとされ、食事摂取量の低下と相まって、腸管からのカルシウム摂取量は徐々に低下する。

 一方、これを補うために副甲状腺ホルモンの分泌は亢進し、骨吸収は増加し、骨量は減少することになり、これらはカルシウム摂取量を増やすことにより、元のレベルに戻るとされている(*14)。

5.カルシウム剤の副作用

 カルシウムはもともと吸収されくい栄養素であるといわれている。食物中のカルシウムの吸収率について、兼松らは、牛乳では53%、海産物では38%、緑黄色野菜では18%が吸収されると報告している。
また、 Nordin らによると、カルシウム摂取量と吸収率については、1日800〜1,000mgのカルシウムを摂取しても、吸収されるのは24%前後であり、吸収カルシウム量としては240mg前後でしかないという(*15)。
また、食品別にみると、最も吸収率が良いと考えられる牛乳でさえ、含有カルシウム量の約53%しか吸収されず、ほかにカルシウムが多く含まれていると考えられている小魚でも吸収率は約38%である。しかし、カルシウム摂取量を増やすことの効果は有限であり、ある量を超えるとそれ以上の効果はなくなってしまうことも明らかにされている。また食事からのカルシウム摂取では、まず過剰摂取になることはないと考えられる。

 薬剤として、カルシウムを摂取する場合には、カルシウム自体の収斂作用により、胃腸障害が発症することもあるが、その症状はいずれも軽微で一時的なものである。しかし、一般的にカルシウム剤は内服量が比較的多く、腹部残留量も多いことから、腹部不快感、食欲減退といった副作用が生じることがある。

 また、便秘が増悪するなどの副作用もまれにはみられる。カルシウム化量と剤を内服すると尿路結石ができる、動脈に石灰化ができる、骨関節の変性や周囲の石灰化が高度になるなどの危惧ももたれているが、腎結石の一部を除いて因果関係は明らかにされていない。
活性型ビタミンDとの併用をしない限りは、カルシウム量として、1,500mg投与しても、尿中カルシウム排泄の増加による尿路結石のおそれはないともいわれている。

 このような石灰化はカルシウムの過剰摂取よりむしろ、不足による副甲状腺ホルモンの骨吸収促進作用に起因するものであると考えられる。ただし患者の中には、医師から処方されている活性型ビタミンDやカルシウム製剤に加えて、さらに市販のカルシウム剤を服用していることもある。このような場合には高カルシウム血症を来す場合があり、服用の有無を問診で確認する必要がある。

参考文献
(*1)Pocock NA et al. : Genetic determinants of bone mass in adilts : a twin study. J Clin Invest 80:706-710,1987
(*2)Grisso JA et al. : What do physicians in practice do to prevent osteoporosis? J Bone Miner Res 5:213-219,1990
(*3)Chapuy MC et al. : Vitamin D3 and calcium to prevent hip fractures in elderly women. N Engl J Med 327:1637-1642,1992
(4)Heaney R et al. : Effects of nitrogen, phosphorus, and caffein on calcium balance in women. J Lab Clin Med 99:46-55,1982
(*5)Ouchi Y et al. : Age-related loss of bone mass and aortic vulve calcification, reevaluation of recommended dietary allowance of calcium in the elderly. Ann NY Acad Sci 676:297-307,1993
(*6)Riggs BL et al. : Clinical Spectrum."Osteoporosis" by Riggs BL,Melton lll LJ.Ravan Press,New York,155,1988
(*7)Pfeilshifter J et al. : J Bone Miner Res 8:707,1993
(*8)Matkovics V et al. : Bone status and fracture rates in two regions of Yugoslavia. Am J Clin Nutr 32:620-627,1992
(*9)Hughes BD et al. : Effect of calcium and vitamin D supplementation of bone in men and women 65 years of age or older. N Engl J Med 337:670-676,1997
(*10)Dawson-Hughes B et al. : A controlled trial of the effect of calcium supplementation on bone density in postmenopausal women. N Engl J Med 323:878-883,1990
(*11)Reid IR et al. : Effect of calcium supplementation on bone loss in postmenopausal women. N Engl J Med 323:878-883,1990
(*12)Prince RL et al. : Diets and the prevention of osteoporotic fractures. N Engl J Med 337:701-702,1997
(*13)McKane WR et al. : Role of calcium intake in modulating age-related increases in parathyroid function and bone resorption. J Clin Endocrinol Metab 81:1699-1703,1996
(*14)Nordin BEC et al. : Calcium,phosphate and magnesium matabolism.Churchill Livingstone,Edinburgh,London and New York,1-35,1975
(*15)Matkovic V et al. : Calcium balance during human growth : evidence for threshold behavior. Am Clin Nutr 55:992-996,1992