はじめに 『ホネ』と聞いて何を連想するか?『ホネ』と呼ばれているものは広義では骨格のことであろう。骨格は文字どおり生体を支える『骨組み』であり、運動の支点などとして物理的な機能をもっている。また本章で中心的に述べるように、骨はカルシウム代謝をはじめ血中のミネラルの恒常性にも深く関与している。 骨格は骨、軟骨、靱帯によって構成され、それぞれの組織の特有な性質、機能によって骨格としての働きを果たしている。すなわち靱帯は2本以上の骨、軟骨、その他の組織を結合、支持している線維性組織である。また軟骨は、関節、胸郭にみられるような組織で、物理的な力に柔軟に対応するのが特徴である。さらに多くの胎性期骨格は軟骨であるが、その後成長に従って骨に置き換えられる。また、血管が分布していないことからその生理的役割は少ないと考えられる。以上のように靱帯、軟骨は主に物理的な機能が重要な組織と考えられる。 一方、本章の中心となる骨は骨格の大部分を占め、外側の皮質骨と内側の海綿骨からなり、その中央部は、骨組織が骨髄に置き換えられ、造血器官として機能している。また骨は物理的な働きのほか、体内カルシウムの濃度を恒常的に維持するなど生理的な役割も大きい。 以上のように、狭義で『ホネ』あるいは『コツ』と呼んでいるのは骨格の大部分を占める骨であり、その生物的、物理的働きを細胞レベルで考察する。 ■・項目に戻る
1)骨代謝 骨は硬いため、単にカルシウムの塊のような『無機質な組織』のように感じられるかもしれない。しかし、骨折した骨が治癒することからもわかるように、骨は活発に代謝が行われている『有機的で活発に生きている組織』である(*1)。すなわち骨折のみならず成長後も骨は一定の形、大きさを保ちながら、絶えず『改築』が繰り返されている組織である。骨を『造る』骨形成と、骨を『こわす』骨吸収が骨のいたるところで繰り返されている。 主にこのような骨形成と骨吸収を骨改造と呼んでいる。骨はただ硬いだけでなく粘り強くなければ、体外の要求(物理的力)に応えられない。また、骨は活発に代謝していなければ体内の要求(生理的変化)に速やかに応えられない。そのために、骨はたえず古くなった骨を吸収・破壊し、さらに新しい骨を形成していると考えられる。 また、骨におけるカルシウム代謝は重要な骨代謝の一つである。カルシウムは生体で最も重要なミネラルの一つで、正常な細胞の機能発現のため細胞外および細胞内の濃度は厳密に制御されている。骨は生体内での最大のカルシウム貯蔵器官でもあり、それの調節機関でもある。すなわち、骨を吸収することで血中カルシウム濃度を上昇させ、あるいは骨を形成することでそれを降下させていると考えられている。また、カルシウムのみならず骨代謝はリン、マグネシウムなどのほかミネラルの血中濃度調節にも重要な働きを果たしている。 一方、体内のミネラルの恒常性は骨のほか、小腸での吸収、腎臓での排泄と再吸収でも調節され、これらの調節は副甲状腺などにより制御されていることは忘れてはならない。 ■・項目に戻る
2)骨
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2.骨芽細胞(Osteoblast)(図2) このような活性の高い骨芽細胞に対し、骨組織の表面には扁平で不活発な骨芽細胞があり、これは lining cell と呼ばれている。この細胞は基質合成能は乏しいが、骨基質中に埋もれている骨細胞と突起を介して連絡しており、何らかのシグナルの伝達を行っている可能性が考えられている。 ■・項目に戻る
2)機 能 活発な増殖能をもつ骨芽細胞は数多くの培養株細胞が確立され、これらを用いた研究が盛んで、骨の細胞の知見のうち80%以上が骨芽細胞に関するものといっても過言ではない。 骨芽細胞は高いアルカリホスファターゼ活性(ALP)を示し、骨芽細胞の組織化学的生化学的マーカーとして用いられている。しかし骨芽細胞におけるALPの機能は明らかではないが、先天性低ホスファターゼ血症が骨軟化症を呈することから、石灰化に関与していると考えられている。 骨芽細胞は発生的には、軟骨細胞、筋細胞、脂肪細胞、線維芽細胞などと同じく、未分化間葉系細胞に由来すると考えられている。この細胞が前骨芽細胞、それから骨芽細胞に分化していく際に、何が作用しているのか興味がもたれる(*3)。現在、多分化能をもった細胞を使って細胞増殖因子の一つであるBMPが骨芽細胞の形質発現を促進し、筋細胞、脂肪細胞への分化を抑制することが報告されている(*4)。 上記のBMPをはじめ、骨芽細胞の機能発現はさまざまな因子によって制御されていると考えられている。骨芽細胞は自らTGF−βやIGFなどの細胞増殖因子を産生する。これらの因子はオートクライン・バラクライン的に骨の細胞に働き、その増殖や活性を制御していると考えられている。さらに、カルシウム調節因子としてよく知られているPTHやビタミンDも骨芽細胞に直接作用することが報告されている。また、プロスタグランジンやビタミンAなどの脂溶性生理活性物質も骨芽細胞の増殖・分化を制御している。 ■・項目に戻る
3)その他 骨芽細胞に関する研究は、培養株細胞および初代培養細胞を用いてかなり進んだと思われる。今後、骨芽細胞への分化決定因子の決定が望まれる。現在、 Pebp 2α/Cbfa1 と呼ばれる転写因子が骨芽細胞の分化を制御しているといわれている。しかし、多数の in vitro における実験的結果は、つねに in vivo に反映されるものでないといけない。 ■・項目に戻る
1)構 造
骨芽細胞様骨細胞、類骨骨細胞は骨芽細胞に比べて細胞質の体積は減少するが、粗面小胞体、ゴルジ装置などは比較的発達しており骨基質などの蛋白質をさかんに合成・分泌していると考えられる。しかし、成熟骨細胞になるに従って、それら細胞内器官および細胞質の体積はさらに減少し、グリコーゲン顆粒が蓄積して細胞の活性は大きく低下する。 特徴的な形態として、骨細胞は多くの細長い細胞突起を骨小腔から骨細管中に伸ばしている。その細胞突起は骨中の骨細胞どうし、骨表面上のほかの細胞(骨芽細胞や破骨細胞)とギャップ結合を介して接触し、高度に発達した細胞間ネットワークを形成している。このネットワークによって、骨の細胞は相互に制御し、骨代謝を営んでいると考えられている。 ■・項目に戻る
2)機 能 骨細胞の機能についての研究は現在まで形態学・組織化学にもとづいた研究がほとんどであり、機能を生化学的、分子生物学的にとらえた知見は非常に乏しい。 骨形成、特に石灰化は類骨と石灰化骨との境界である石灰化前線で行われていることから、類骨骨細胞は石灰化に重要な役割をもつと考えられている。すなわち、ヒドロキシアパタイト形成の核となる基質小胞が類骨骨細胞の細胞膜からさかんに萌出され、さらに骨細胞は骨基質蛋白質を合成している。 また、生理的なカルシウムの恒常性は骨細胞による骨溶解 ( osteocytic osteolysis ) が重要な役割を果たすといわれている。すなわち、ヒトの骨細管の全表面積は1,000〜5,000uであり、骨小腔内の細胞外液(BCF)は1.0〜1.5gにも及ぶ。さらに骨小腔表面のカルシウム含量は5〜20gである。またBCF中のカルシウム濃度は血中カルシウム濃度より1/3と低く、つねにBCFから血中へのカルシウムの流出が考えられる。 このような事実から骨細胞が積極的にカルシウム濃度調節を行っていると考えられるが、その実験的証拠は乏しい。しかし最近、生化学的、遺伝子工学的手法から、骨細胞および骨小腔にカルシウム結合蛋白質である calbindin-D9k が確認され、また、骨細胞にカルシウム受容体の存在することが報告されている。 また、骨細胞は発達した細胞間ネットワークで多くのほかの細胞と結びついていることから、骨細胞を中心とした骨構成細胞間の情報の交換がさかんに行われていると考えられる。この細胞間相互作用は、 mechanical stress や骨芽細胞および破骨細胞の機能調節という観点から重要な問題であると考えられるが、どのような情報が交換されるのか、それを仲介する機構はなにかについてはまったく不明である。 古くから『適度な運動は骨を強くする』といわれてきたが、適度な運動すなわち mechanical stress に骨細胞が応答することが明らかになりつつある。骨細胞によって mechanical stress の情報が変換され、骨細胞のみならず骨芽細胞、破骨細胞に伝達され骨代謝が亢進していると考えられている。しかし、このような機構に関しての実験的証明はまだ十分ではない。 一方われわれは、骨細胞が破骨細胞に及ぼす影響を細胞レベルで解析した結果、骨細胞の培養上清中に破骨細胞の形成を促進する液性因子が存在することを示す結果を得た。また、それとは逆に、骨細胞が直接、成熟した破骨細胞に接触することによって、破骨細胞が不活化することをみいだした。このように、骨細胞が骨代謝の司令塔として機能している可能性が示唆されている(*6)。 ■・項目に戻る
3)その他 骨細胞は硬い骨組織に埋もれているため、そこから取り出し培養することが困難であったが、最近新しい骨細胞の分離培養法や株細胞が開発されてきている。これらの方法を用いることで、今まで解明されなかった骨細胞の機能がより明らかにされると思われる。 ■・項目に戻る
1)構 造
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2)機 能 破骨細胞が骨基質を溶解し(骨吸収)、その後、骨芽細胞が骨基質を合成することによって、骨の形成や成長(モデリング)、代謝(リモデリング)が起こると考えられている。さらに骨吸収は体内カルシウム濃度調節に関与しているが、骨中の存在量が少ない破骨細胞によってのみカルシウム濃度が調節されているとは考えにくい。破骨細胞は古い骨基質を溶解することにより、骨代謝を円滑に行い、骨の強度も維持しているのではないだろうか。 破骨細胞の機能発現の調節は、破骨細胞の発生、分化、融合など形成制御と成熟破骨細胞の活性制御とが考えられる。その制御は破骨細胞への直接作用と骨芽細胞、骨細胞、ストローマ細胞などを介した関節作用がある。 破骨細胞の形成には多くの造血因子が関与している。M−CSF/CSF−1の破骨細胞形成へ及ぼす影響は、破骨細胞形成不全の大理石病マウス( op/opマウス )がM−CSFの遺伝的異常であることが明らかになった。さらに、IL−1、IL−6の破骨細胞形成促進、IL−4の破骨細胞の形成抑制などが報告されている。 また、カルシウム調節因子のPTHとビタミンDは、破骨細胞の形成を促進するが、成熟破骨細胞には直接作用しない。しかし、これらの因子はほかの細胞を介し、成熟破骨細胞に作用することから、PTH、ビタミンD誘導性破骨細胞活性化因子の存在が考えられている。一方、カルシトニンは直接破骨細胞の形成、活性を抑制する。 また、閉経後の骨粗鬆症からエストロゲンが着目され、破骨細胞に核内エストロゲン受容体αが存在し、直接エストロゲンが破骨細胞の活性を抑制することが報告されている。一方、エストロゲンはIL−6を介しても破骨細胞に作用している。 さらに、破骨細胞に多く発現しているインテグリンαv、β3と骨基質のRGD蛋白質(オステオポンチン、オステオネクチン)との接着機構や破骨細胞のアポトーシスが着目されている。これ以外にTGF−β、BMP、TNF、プロスタグランジンなどが、破骨細胞の調節因子として報告されている。 また近年、トランスジェニックマウスを用いた解析から破骨細胞の機能発現機構の一部が明らかにされた。 src 遺伝子を欠如させたマウスは破骨細胞が正常に機能せず大理石病となる。また、 c-fos を欠損させたマウスは、マクロファージは存在しているが、破骨細胞は形成されない。最近、ODF(Osteoclast differentiation factor)、OCIF(Osteoclastogenesis inhibitory factor)などの因子もみいだされている。今後、遺伝子工学的手法、分子生物学的手法で破骨細胞の機能制御機構がますます明らかになるであろう(*9)。 ■・項目に戻る
3)その他 数年前まで起源すら明らかでなかった破骨細胞も、分離法の確立、『ノックアウトマウス』を用いた研究などにより生化学的、分子生物学的解析が可能になった。今後、破骨細胞の発生や機能発現機構、さらに骨を構成するほかの細胞群との相互作用など分子レベルで明らかにすることによって、骨組織の代謝、機能が解明できると期待される。 ■・項目に戻る
おわりに 骨は硬組織であるため研究材料として扱いにくかったため、不明な点が多かった。しかし、この数年の間に骨を構成する骨芽細胞、骨細胞、破骨細胞の単離方法が確立され、生化学的、分子生物学的手法によって『骨代謝』を細胞レベルで解析することが可能になってきた。また、分子生物学の発展によって予想しなかったような遺伝子が骨に深く関与していることが明らかになっている。 これら骨の細胞の機能発現のメカニズムを明らかにすることによって、将来的には『骨代謝』を制御し骨粗鬆症などの骨疾患を克服することで『クオリティーオブライフ』を高めていかなければならない(*10)。 ■・項目に戻る
参考文献
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