骨と遺伝子

白木正孝

成人病診療研究所




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はじめに
1.遺伝子の内容
2.遺伝子と環境感受性
3.骨粗鬆症関連遺伝子
1)検索の原則
2)ビタミンD受容体遺伝子多型
3)その他の骨粗鬆症関連遺伝子
4.骨粗鬆症遺伝子が教えてくれるもの
5.現代医療の構造的問題
6.環境感受性遺伝子の発見と今後の医療


はじめに

 『人品骨柄卑しからず』とは昔からよく語られる常套句である。人品卑しからず、とはその人柄が上品である様を指し、この上品さというものは、幼少のころからのしつけや本人の努力によって獲得した物腰のことを意味する。一方、骨柄とはその人がその家系から受け継いだ姿、形のことを意味し、この卑しからざる有様は生まれが高貴であるがためと解釈される。
つまり、このように形容される人とは、生まれながらにして高貴な姿、形を両親から受け継ぎ、良きしつけと本人の努力により、上品な物腰を身につけた人であるということになる。このような形容詞は、現代においてその本体が明らかになりつつある遺伝子と環境の関係を見事に言い当てたものである。

 すなわち、われわれは生まれながらにして、両親の遺伝的特徴を引き継ぎ、その遺伝的特質は環境に左右されながらあるものは抑圧され、またあるものは顕著な姿で表れてくるのである。このような遺伝と環境の関わり合いは多くの成人病に表れてくる。
例えば糖尿病はある家系の中に多発することで知られているが、そのことをわれわれは糖尿病体質を有する家系と呼び習わしてきた。しかしながら、糖尿病はある種の遺伝病のように、原因遺伝子を保有するとすべての人々が発症するものではなく、体質(遺伝形質)を保有していても、発症する人とそうでない人とに分かれてくる。
これは発症する人は発症するような環境、例えば過度の飲食やストレスなどにさらされたからこそ発症するのであり、一方、発症しない人はそのような環境を避けてきたからであるとみなされる。
つまり、ある成人病に罹患するかどうかは、遺伝的特質を保有し、かつ発病リスクにさらされたかどうかで決定されているといっても過言ではないと考えられるようになった。

 成人病罹患が遺伝子によりアプリオリに定められている、などというと、よく聞かれる非難は、遺伝子診断を行うことにより、ある家系や個人に対して不当な烙印を押すことになり、このような烙印を押されたことで、その個人が社会的に差別を受けることになりかねないというものである。しかしながら、考えてみると、われわれすべては、その寿命を迎えるまでの人生において、十分に長寿であれば必ず何らかの成人病にかかる可能性があるのであり、したがって、われわれの遺伝子のなかには、すべての人に何らかの成人病遺伝子が組み込まれているといってもよい。
つまり、現在の段階では、成人病発症関連遺伝子として知られている遺伝子の数はとても少ないので、その遺伝子が発見された個人は何かしら特殊な人と考えられている。しかし、実は、本章の主題である骨粗鬆症にしても、1994年にはじめて一つの関連遺伝子が報告されてより、この1年半の間に早くも4つの異なった遺伝子が発見されてきた。
これらの遺伝子は同一人に重なって存在することは少なく、各骨粗鬆症の患者はそれぞれ違った遺伝子をもっていることが多い、そしてまた、今後も多くの遺伝子が発見されていくであろうと考えられている。
このような事実から考えても、少なくとも、成人病に関しては、遺伝子の診断が個人を差別する方向に解釈されることは、大きな誤りであって、むしろ、この情報を個人が知ることは、リスクから身を遠ざけるよい指標となることが予想される。

 このように遺伝子診断により、個人の体質を知ることは将来の予防医学にとって、極めて重要な手段となると推定される。本章ではそのような立場に立脚し、現在までの情報につき概説してみたい。

1.遺伝子の内容

 われわれのからだの中の蛋白質はそのすべてが遺伝子の情報により合成されている。蛋白質以外の成分である、脂肪、糖分、ミネラルなどもその合成、蓄積といった代謝経路のいずれかの段階で蛋白質である酵素の働きにより調節を受けるので、大きな意味では、からだの構成成分のすべてが遺伝子による調節を受けているといっても過言ではない。
蛋白質の構造はすべて、遺伝子上に情報として書き込まれており、遺伝子上における蛋白分子の構造情報を含んだ部分を特に『エクソン』と呼んでいる。このエクソン部分に突然変異が起きると、その蛋白質は本来の機能をもつことができず、いわゆる先天性疾患として誕生してくるか、もしくは生存することができない。

 一方、遺伝子上には蛋白質の情報を含まない、一見すると無意味な遺伝情報が並んでいる部分があり、特に、エクソンの前に存在する無意味な領域をわれわれは『イントロン』と呼んでいる(図1)。

 このイントロン部分はしばしば個人により異なっているので、DNAフィンガープリント(指紋)という手法で中国残留孤児の肉親探しに利用されている。無意味な遺伝子をある種の酵素(制限酵素という)で切断すると、ある人の遺伝子はその酵素で切断されるが、別の人はその酵素で切断されないという違いが生まれてくる。遺伝子がその酵素で切れる、切れないはメンデルの遺伝法則により遺伝するので、この差が親子鑑定や個人の同定に利用できるのである。


【図1】遺伝子の構造と名称

2.遺伝子と環境感受性

 最近、このイントロン部分の個人差がある種の疾患の発病予測に利用できるのではないか、という考え方が提唱され、注目を浴びている。その内容については骨代謝を中心に後に詳しく述べる予定である。
なぜ、一見して無意味な領域が疾患の予測に役立つのかについてはいまだにはっきりしない。しかし、予測されているのは、このイントロン部分がそれに続くエクソン部分の情報発言の効率を定めているのではないか、という仮説である。
例えば、正常人では、血液中の糖の上昇にともない、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンの血液中の濃度が増加する。この増加反応は極めて速やかに起こるが、糖尿病の初期には、このインスリンの分泌反応が遅延する。
インスリンも一種の蛋白質であるので、その分泌、合成は遺伝子により支配されている。したがって、糖の上昇に対抗するインスリン分泌の速度は遺伝情報が速やかに読みとられる場合と、読み取りが遅延する場合とで異なってくる。しかし、インスリン遺伝子そのものには異常がないので、この場合の異常はインスリンの分泌速度のみであって、分泌されたインスリン分子には、まったく異常はない。
いってみれば、算数の正解を計算するのに、即座に正解を出す子どもと、ゆっくりではあるが正解を出す子どもの違いのようなものである。白熱電灯と蛍光灯では光という機能に差はなくとも、光を発生する早さに差があるようなものである。

【図2】危険遺伝子が存在すると生命現象の反応が遅延してその集積の結果として発病する

 このような差異は、即座に疾患を引き起こすような類の異常ではない。しかし、このような微妙な反応のずれが長年持続すると、ある疾患を生み出すであろうことは想像にかたくない。図2はこのような考え方を表したものである。

 したがって、このような遺伝子の違いに起因する疾患の発症は多くは中年期以降であり、その病状の進展は極めてゆるやかである。

 ところで、人の遺伝子は父親と母親のそれを受け継いでいるので、2本存在している(対立遺伝子という)。父親と母親の両方から反応が遅延するタイプの遺伝子(便宜的に危険遺伝子と呼ぶことにする)を引き継いだ場合、これをホモ接合体と呼ぶ。一方、片方の親からのみこの危険遺伝子を引き継いだ場合、これをヘテロ接合体と呼ぶ(図3)。

 両方から危険遺伝子を引き継がなかった場合は陰性のホモである。ある集団で引き継いだホモ、ヘテロ、および引き継がなかったホモ接合体について、病状の重症度を比較してみると、多くは危険遺伝子を引き継いだホモが最も重症かつ早期に発病している。

【図3】危険遺伝子の遺伝

一方、引き継がなかったホモ接合体では病状が軽く、かつ晩期に発病している。このような関係を遺伝子の用量効果( Gene dose effect )という。
また、ある疾患の発病危険因子(例えば、糖尿病における過食や肥満、骨粗鬆症における低カルシウム摂取など)に強く、長くさらされた場合、危険遺伝子を引き継いだホモ接合体では引き継がなかったホモに比べ、やはり病状が重篤となる。
ある疾患にかかる確率は、その個人の引き継いだ危険遺伝子の量と危険因子とどのくらい深く関わったかにより決定されるといってよい。言葉を換えれば、このような遺伝子は環境感受性遺伝子ともいうことができ、これは従来、われわれが体質といい習わしてきたものである。

3.骨粗鬆症関連遺伝子

1)検索の原則

 先ほど述べた骨柄ではないが、骨格が遺伝することは、われわれ自身の子どもたちをみれば 容易に想像がつく。つまり、骨格の大小や形は遺伝するのであり、換言すればその代謝は遺伝子により調節さているといってよい。しかし、一口に遺伝子といっても、話はそう単純ではなく、骨の代謝を調節している因子は極めて多岐にわたるので、骨を支配している遺伝子もまた多岐にわたる。したがって、骨粗鬆症の発生遺伝子を発見したといっても、その遺伝子で説明しうる骨粗鬆症はすべての本症のうちのごくわずかな割合でしかないことが多い。

 したがって、骨粗鬆症関連遺伝子の検索には、以下のような原則が必要である。
@出現頻度が稀な遺伝子の場合は、統計的パワーを増すため多数例(おそらく500例以上)の検索が必要。
A得られた危険遺伝子のホモ、ヘテロ、および陰性のホモの割合は、 Hardy-Weinberg の法則に合致しなければならない。
B調査された集団の背景因子を極力調査しなければならない。

2)ビタミンD受容体遺伝子多型

 1994年にオーストラリアの Morrison らは、ビタミンD受容体というビタミンDの作用を発揮するために必須な蛋白質を規定している遺伝子のイントロン部分に個人差があることを報告し、この個人差が骨の量と関連していることを報告した。事実上この仕事が骨粗鬆症と遺伝子の関連を研究する大きな起爆剤となったのである。

 ビタミンDはよく知られているように腸よりのカルシウムの吸収を高め、骨の石灰化を促進するビタミンである。ビタミンDは腎臓で活性型が合成されたのち、腸上皮細胞や骨の細胞においてその受容体と結合し、その生物効果を発揮する。したがって、いくらビタミンDの合成が盛んであっても、受容体の合成がそれに追いつかなければ、その生物活性は弱くなってしまう。
骨粗鬆症はよく知られたようにカルシウム欠乏が主因となっていると考えられてきたので、当初、ビタミンDの合成が低下しているのではないかと考えられてきた。しかし、実際に血液中のビタミンD濃度を測定しても、骨粗鬆症で血液中の活性型ビタミンD濃度が低いということはなかった。このこことは従来不思議な現象と考えられてきた。しかし、もしもビタミンDの量が正常であっても、受容体の合成が遅延していれば、ビタミンD不足と同様の効果が出てくることになる。

Morrison らはこのビタミンD受容体遺伝子のイントロン部分を BsmI という制限酵素で切断したところ、2本の対立遺伝子がともに切断されない人(BBと呼ぶ)、1本は切断されずもう1本は切断される人(Bbと呼ぶ)、および両方とも切断される人(bbと呼ぶ)、の3群に分類されることを発見した(図4)。

 これら3つの遺伝子型に分類できることを、遺伝子断片長多型 ( Restriction Fragment Length Polymorphisn : RFLP )と呼ぶ。

【図4】3群に分類されるビタミンD受容体遺伝子
VRD−RFLPの電気泳動パターン


【図5】ビタミンD受容体遺伝子と骨密度の関係
ところでこの3つの群間で骨の密度を比較してみると、極めて興味深いことには、骨密度はBB<Bb<bb、すなわち、2つの対立遺伝子がともに切断されないBBが最も骨密度が低く、逆に2つの対立遺伝子がともに切断されるbbが最も骨密度が高かったという(図5)。

 対立遺伝子がヘテロである場合はちょうど両者の中間に骨密度は位置した。このことは遺伝子の用量効果が存在することを示している。

 この仕事が発表されるや、世界中で大きな反響を引き起こした。はじめの議論は、この遺伝子が環境感受性決定遺伝子であることを無視した議論であった。その後に行われた研究のうちのいくつかはこの遺伝子が骨密度とは相関しないとものであり、 Morrison らのデータは否定されかかった。しかし、その後、ヨーロッパやわが国からも肯定的な発表が相次いだ。

 さらに米国の研究者が興味深い実験を行った。すなわち、閉経後の婦人のビタミンD受容体遺伝子型を調べ、BBタイプとbbタイプに分類した後、その両群にカルシウム制限食を摂らせ、制限後の腸よりのカルシウム吸収能力を調べてみた、という実験である。通常、われわれの腸ではカルシウム不足の食事環境下では、腸のカルシウム吸収能力が高まるという反応を生ずる。BBタイプの人々では、bbタイプの人々に比べ、低カルシウム食に対する腸のカルシウム吸収能力の増加が弱かったという(図6)。
【図6】
正常カルシウム食より低カルシウム食に切り替えた後の、腸よりのカルシウム吸収能変化率と、血中活性型ビタミンD濃度

骨粗鬆症危険遺伝子であるBB型はそうでないbb型に比べて、カルシウム吸収能が十分増加しない。しかし血中活性型ビタミンD濃度はBBもbbもともに増加する。

 この事実は、BBタイプの人々が低カルシウムという危険な環境に対し、うまく適応できないという可能性を示している。低カルシウム食にうまく適応できないという体質をもともと保有し、かつ、低カルシウムという環境に長年さらされれば、骨密度が低下するであろうことは容易に想像がつく。
欧米において当初、 Morrison らのデータに否定的な見解が相次いだのは、たまたま調査された対象のカルシウム摂取量が多かったためとも解釈される。わが国は欧米諸国に比べればカルシウム摂取が少ないことが知られており、したがってわが国で行われた Morrison の追試はほとんどが Morrison のデータを裏付けるものであった。さらに、松山らやわれわれは、BB、Bb、bbの人々に活性型ビタミンD3を投与し、骨密度の増加反応を観察したところ、反応はbbが最も顕著であり、一方、BBはほとんど反応しないという事実をみいだした(図7)。

【図7】活性型ビタミンD3治療に対する脊椎骨密度増加反応

BB型では
治療群(●)も無治療群(○)も骨密度は低下する。

bb型では
治療群(●)はよく反応し骨密度は増加している。

 このような事実はBBが内因性のビタミンDに対する反応性の弱い体質をもつことを示している。

 さらに興味深いことは、わが国をはじめとするアジア諸国においては欧米人種に比べ、はるかにBBタイプが少なく、約2%の人々しかBBタイプを示さない。一方、欧米人においては約20%の人々がBBタイプである。想像にすぎないが、アジア人種は伝統的にカルシウム摂取が少なく、低カルシウム環境に強い体質をもつ人々のみが選択的に生存してきた可能性を考えたくなる。
一方、欧米人は伝統的にカルシウム摂取が多いので、BBタイプでも生存できた可能性が考えられる。今後、アジア人でもカルシウム摂取が多い、例えばモンゴルのような地方においても、やはりBBが少ないのか、またはほかのアジア人に比べ多いのかを検証すれば、このような予想が正しいか否かがわかるであろう。

 さらに、時田らは、学童において、運動歴があるものは、BBタイプであっても骨密度が必ずしも低くないことを示した。この事実はBBタイプの骨が、必ずしもカルシウム代謝のみによって規定されるものではなく、運動という、まったく異なったほかの要因によっても左右されるものであることを示している。

3)その他の骨粗鬆症関連遺伝子

 われわれは、その後、ビタミンD受容体遺伝子以外の遺伝子の検索を現在も行っている。その理由は、骨粗鬆症という疾患は極めて多くの原因により引き起こされる疾患であり、そうであるならば、数多くの遺伝子がその疾患の成り立ちに関係していると考えられるからである。事実、ビタミンD受容体遺伝子で説明できる骨粗鬆症は全体の10%にも満たない数であり(図8)。

 このことはほかの骨粗鬆症がほかの遺伝的要因によって説明できる可能性を示しているからである。

 現在までにわれわれは、女性ホルモン受容体遺伝子中に2カ所の骨粗鬆症関連部位をみいだしている。この遺伝子はおそらく閉経時の骨の減少が過大となるか否かを規定しているものと推定してる。したがって、この女性ホルモン受容体遺伝子型を有する人は閉経後の女性ホルモン補充療法の最もよい適応になることが推定される。


【図8】ビタミンD受容体遺伝子で
説明できる骨粗鬆症

 また最近では、脂肪の転送を調節しているある種の蛋白質(リボ蛋白質E)遺伝子のあるタイプもまた本症の発生と関連している可能性をみいだしている。この蛋白はビタミンKの輸送蛋白でもあり、ビタミンKは最近骨代謝の調節因子として重要であることが判明してきた、また、ビタミンDと並んでカルシウム代謝に重要な働きをもつ副甲状腺ホルモン受容体遺伝子はいまのところ本症との関連をみいだせないでいるが、副甲状腺ホルモン遺伝子は老年者においては低骨量と相関していた。