運動と骨形成

森谷敏夫

京都大学大学院人間・環境学研究科



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1.運動不足による骨量の減少
2.なぜ運動が骨を強くするか
3.運動により骨形成が阻害されるケース
4.どんな運動が効果的か
1)体重を利用する
2)定期的・継続的な運動を
おわりに
参考文献


1.運動不足による骨量の減少

 近代化した社会で必ずといっていいほど問題となるのが、高齢化と成人病(生活習慣病)である。加齢に伴う身体機能の低下、それによって発生するさまざまな疾病。一般的に、これを老化による必然的な結果と考える傾向があるが、最近の運動医科学の研究によって、身体機能の低下や成人病の発症は加齢だけが原因なのではなく、慢性的な運動不足によって引き起こされていることが明らかになってきた。

 アメリカで行われた追跡調査によると、運動習慣のない人は、何らかの運動を行っていた人に比べて、冠動脈疾患(心筋梗塞)による死亡率が2倍にのぼると報告されている。この調査結果は、ライフスタイルの中に運動を取り入れることがいかに重要であるかを示している。

 骨粗鬆症の発症につながる骨量の減少についても、同じことがいえる。人間の生理機能の多くは、20〜30歳ごろをピークに、それ以降は1年に約1%ずつ低下していくといわれている。骨量も同様であるが、これはあくまでも『通常の健康的な生活を送った場合』であり、その中には適度な運動も含まれている。運動習慣がなければ、それ以上のペースで骨量が減少すると考えた方がよい。

 NASAでは宇宙飛行中のからだへの影響を調べるために、『完全休養』の実験を行っている。これは被験者(健康な成人)をベッドに寝かせ、一切の運動を行わせないようにするものである。
この実験で、骨量減少度は期間が長くなるほど大きくなり、84日後の時点では、平均値で1週間当たり約1%の割合にものぼることがわかった(図1)。

 通常の生活では1年分の減少幅である1%が、たった1週間で失われる。ほかにも、最大酸素摂取量が約30%、最大心拍出量が約26%、最大換気量が約30%など、心肺機能にも大幅な機能低下が起こるという結果が出ている。
これら心臓循環・呼吸機能は20歳ごろから加齢とともに約1%ずつ低下するので、実験的に『寝たきり』だった青年は機能的に30年ほど歳をとったことになる。

【図1】ベッドレスト期間の長さと骨量変化率
( Smith 1974 )
長期になるほど骨量の減少率が高まる

 この実験と同じ事が、いわゆる『寝たきり』の患者に起こっている。骨粗鬆症によって、骨量が減少し、骨の強度が低下すること自体は、さほど生活に直接的な影響は及ぼさないといってよい。問題なのは、骨粗鬆症によって脚部の骨折が発生したときに、治癒するままでに『寝たきり』になってしまうことである。
老齢者の場合、すでにかなり身体機能が低下しているところに、運動を奪われることによってさらに大幅な機能低下が起こる。骨量の減少はもちろん、心肺機能、筋力なども低下し、通常の生活への復帰が難しくなる。長期にわたる『寝たきり』状態は、最終的に痴呆症へとつながっていく。たった1カ月の入院が、老齢者にはそれほど深刻な結果をもたらすのである。

 骨粗鬆症の予防策として、カルシウムの摂取量を増やすことが大切だといわれているが、それだけでは決定的な予防策とはならないであろう。
世界主要都市における女性のカルシウム摂取量と腰部骨折人数の相関を調べたデータでは、カルシウム摂取量が多いアメリカやニュージーランドで骨折者が多くなっている(図2)。

 これはカルシウム摂取以外の因子が骨粗鬆症の発症に大きく関わっていることを示している。
つまり、『いかにカルシウムを摂るか』よりも、『摂取したカルシウムからいかに骨を形成するか』が重要であり、その答えの一つが運動なのである。

【図2】主要都市における女性のカルシウム摂取量と腰部骨折危険度との関係(Cook 1994)

2.なぜ運動が骨を強くするか

 では、運動によって骨量の減少が抑えられるのはなぜだろうか。運動による骨粗鬆症の予防・改善効果、あるいは更年期における骨吸収の抑制に関する生理学的メカニズムは、
@骨内血流量の増加
A骨芽細胞の活性化
B骨溶解の抑制
C圧電位発生による骨塩沈着の促進
などが関与していると考えられている。

 骨代謝を促進するためには、その運動によって得られる物理的な仕事量(力X距離)が重要であると考えられる。運動不足によって惹起される骨の脱灰、尿中カルシウム排泄増加には骨に対する力学的負荷の減少が大きく関与しているが、筋収縮に伴う骨に対する牽引力と、重力によって骨に加わる圧迫力の両因子を考慮する必要性がある。
ダンベルなどを用いた運動強度が高い無酸素性のウェイト・トレーニングの方が骨へより強い刺激を与えることができるが、これを長時間続けることは難しい。さらに、過度の血圧上昇や交感神経活動の賦活を伴う可能性の強いウェイト・トレーニングは、更年期・老年期の女性にとって決して好ましいものではない。

 実験的に運動不足病をベッドレスト(安静臥床、30〜36週間)でシュミレーションした報告によると、尿中カルシウム排泄量を減少させるためには、1日4時間の臥床のままエルゴメータを漕ぐプログラムや1日8時間座位を保持するプログラムでは有効性が認められなかった。
しかし、1日3時間の立位を保つ運動プログラムでは、尿中カルシウム排泄量が顕著に低下した。これらの研究結果は、重力に抗して立つことは骨萎縮を防止するためには非常に有効な方法であることを示唆している。特に運動療法に平行して、ホルモン療法が取り入れられた場合、更年期・老年期においても顕著な骨量増加が起こる可能性が最近の研究で明らかになりつつある。

3.運動により骨形成が阻害されるケース

 ところが逆に、スポーツ選手の中には骨量が大幅に減少するケースもあ。この現象は、特に女性の陸上長距離選手や体操選手にみられる。しかしこれは、運動自体が問題なのではなく、骨量が減少する原因は、競技特性に伴う別の要因にある。
長距離ランナーや体操選手の場合、自分の体重増加が競技能力を低下させるファクターとなっており、カロリーコントロールによって必要最低限の体重に絞り込むことが多い。このとき、体脂肪が極端に減少する。そして激しいトレーニングによる身体的、心理的ストレスの中で体脂肪率があるレベルを下回ると、女性ホルモン(エストロゲンなど)の分泌が阻害される。エストロゲンには骨形成を促進する作用があり、これが正常に機能しなくなることによって、結果的に骨量の減少が起こるのである。
また、骨の成長期特有の現象もある。成長期においては、運動刺激によって骨形成が行われる際、破骨細胞による骨吸収(溶解)が行われてから骨芽細胞による骨形成が行われるまでに時間差がある。毎日激しい運動を繰り返すと、骨吸収の進行が骨形成を上回ることがある。運動によって骨代謝は負荷がかかる部位において特に活発になる。つまり、負荷がかかる部位ほど骨が弱くなりやすく、そこにさらに激しい負荷を加えることによって疲労骨折が引き起こされる。

4.どんな運動が効果的か

1)体重を利用する

 骨代謝を促進するための運動は、その運動によって得られる仕事量(力X距離)が重要である(図3)。これはカロリー消費と同様だと考えてよいだろう。仕事量を基準に考えると、効果が大きいのは体重(重力)を利用した運動である。

【図3】典型的なウエイト・トレーニングと有酸素運動(ステップ運動)における仕事量の比較

物理的には仕事=力X距離で表される。
今仮に3kgのダンベルを持ち上げたとき、作用した力が60cmであれば、
仕事=3kg・mX0.6m、ゆえに、1.8kg・m
この運動を50回行えば、
総仕事量=1.8kg・mX50=90kg・m

今仮に体重60kgの男性がステップ運動を高さ30cmの台を用いて行ったとき、
仕事=60kgX0.3m、ゆえに、18kg・m
この運動を50回行えば、
総仕事量=18kg・mX50=900kg・m
となり、10倍も運動量が異なる。

 例えば、3kgのダンベルを持ち上げる運動の仕事量は、3kg・mX0.6=1.8kg・mとなる。これを50回反復したときの総仕事量=1.8kg・mX50=90kg・mである。
一方、体重60kgの男性が30cmの台でステップ運動を行った場合の仕事量は、60kg・mX0.3m=180kg・mとなり、これを50回反復すると総仕事量は、18kg・mX50=900kg・mとなる。
50回のダンベル運動と50回のステップ運動とでは、その総仕事量に10倍の開きが生じる。ステップ運動50回に相当する仕事量をダンベル運動で得ようとすると、500回反復しなければならない。これは多くの人にとっては、日常的な運動としてできる数字ではない。

 また、ジャンプ動作を行うと床反力が働き、体重の約5倍の負荷がかかる。さらに足の構造によってテコの原理が働き、アキレス腱にかかる負荷はその3倍となる。体重60kgの場合では、足全体にかかる負荷が300kg、アキレス腱にかかる負荷は900kgにもなる(図4)。

【図4】ジャンプと床反力による足への負荷

体重65kgの人が軽くジャンプを連続するときの床反力は体重の約5倍(325kg)になる。

足の力発揮時のテコ比を仮に3:1とするとアキレス腱にかかる負荷は975kg(約1トン)になる。

 つまり、走ったり、縄跳び動作を行うだけで、骨には1歩ごとに数百kgの負荷がかかってくる。同様の作用があらゆる部位で起こり、特に体重を利用した運動において、大きな効果が期待できる。体重を利用した軽いジョギングや速歩などの有酸素運動といえども更年期・老年期の骨の脱灰、尿中カルシウム排泄増加を抑制させる可能性が十分考えられる。

2)定期的・継続的な運動を

 運動は、エアロピック運動(有酸素運動)とアネロピック運動(無酸素運動)に分けられる。より運動強度が高いアネロピック運動の方が、骨へ強い刺激を与えることができるが、これを長時間続けることは難しい。実際に行うとすれば、むしろ長時間継続できるエアロピック運動の方が効果が期待できるといえよう。
骨代謝におけるエアロピック運動の効果を疑問視する意見もあるが、今後さまざまな調査が行われることにより、その効果は確認できると思われる。事実、更年期・老年期に認められる退行性骨量減少が生じている状態や、閉経による内分泌環境に起因して骨代謝が変化している状態でも、運動が骨損失に対して抑制的に働き得ることを示す縦断的研究は多い。
例えば、 Dalsky らの研究では、閉経後の女性(55〜70歳)に歩行、ジョギング、階段昇りを週3回、9カ月間実施し、腰椎骨塩密度が対照群では1.3%の骨減少が生じたにもかかわらず、運動実施群では5.8%の増加が認められた。

 したがって骨量の減少を抑制するための運動は、体重を利用した軽い身体動作でも十分に効果が期待できるといえる。極端にいえば、階段を利用する、なるべく立って活動するといった、生活上の注意だけでもかまわない。老齢者を含め、誰もが簡単に行える運動種目をあげると、ウォーキング(歩行)やジョギング、ゴルフ、ゲートボールなど、歩行中心となる運動であればなんでもよい。

 実際的な問題としては、運動種目ではなく、その運動をどれだけ継続できるかにある。例えば1回30分で週2〜3回程度でも、定期的・継続的に行うことが重要なのである。したがって、生活の中に無理なく取り入れることができ、楽しみながらできる運動が適切だといえる。

おわりに

 運動によって骨代謝を促進し、骨量の減少をくい止めることは可能であるが、運動だけでそれが達成できるわけではない。当然ながら適切な栄養摂取も欠くことのできない要素である。しかし、定期的・継続的な運動の習慣をつけることは、骨粗鬆症のみならず、その他の成人病(生活習慣病)の予防・改善に極めて重要である。
米国では、一般内科医、専門医を問わず、骨粗鬆症に対する最も処方頻度の高いのは運動療法(65%)とカルシウム療法(63%)であり、骨密度の低い白人女性に対して、ほぼ6割の医師が運動を処方している。すでに骨粗鬆症になった患者でも、運動療法がこのような高率で処方される。
したがって、骨粗鬆症予防・改善のための非薬物療法として、今後、骨の健康に対して運動実践が大きな役割を果たすことが予想される。それによって、骨代謝などの身体機能はもちろん、生活全般が活性化され、より生き生きと暮らすことができるようになる。運動の必要性、そして運動が人間にもたらす多くのプラス効果に対し、私たちはより真剣に考えるべきであろう。

参考文献
(*1)Saltin B,Blomqvist G et al. : Respose to exercise after bed rest and after .American Heart Assocation, Monograph 23(Circulation 37-8,Suppl.7):1-68,1968
(*2)Paffenbarger RS Jr,Hyde RT et al. : Physical activity,all cause mortality, andlongevity of college alumni. N Eng J Med 314:605-613,1986
(*3)Paffenbarger RS Jr,Hyde RT et al. : The association of changes in physical activity level and other lifestyle characteristics with mortality among men. N Eng J Med 328: 538-545,1993
(*4)Grisso JA : What do physicians in practice do to prevent osteoporosis ? J Bone Miner Res 5:213-219,1990
(*5)Chow R, Harrison JE, Notarius,C : Effect of two randomized exercise programs on bone mass of healthy post-menopausal women. Br Med J 295:1441-1444,1987
(*6)Dalsky G, Stocke KS et al. : Weight-bearing exercise training and lumbar bone mineral content in postmenopausal women. Ann Intern Med 108:824-828,1988
(*7)Nelson ME, Fisher EC et al. : A1-year walking program and increased calcium in postmenopausal women: effects on bone. Am J Clin Nutr 53:1304-1311,1991
(*8)Noteloviz M, Martin D et al. : Estrogen therapy and variable resistance weight training increases bone mineral in surgically menopausal women.Miner Res 6:583-590,1991