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カルシウム不足と高血圧
河野雅和 大阪市立大学医学部第一内科
吉川純一 大阪市立大学医学部第一内科
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はじめに
高血圧症はわが国の死因の上位を占める脳血管障害、心筋梗塞、心不全の重要な危険因子であり、有病率や受療率においても最も頻度の高い疾病の一つである。この高血圧の成因にカルシウムの摂取不足が関与している可能性が以前より指摘されていた。実際、わが国のカルシウム摂取量は、昭和45年以降1人1日当たり550mg前後の状態で必要量600mgを充足せず、世界的にみてもカルシウム摂取量は少なく、低カルシウム摂取国の一つと考えられる。
近年、高血圧の非薬物療法におけるカルシウム摂取の有用性、特に高食塩摂取状態でのカルシウムの降圧作用がより強力であることが示され(*1)、高血圧症とカルシウムとの関係がさらに注目されている。
本章では、カルシウム摂取量と血圧値との関連、高血圧症におけるカルシウム摂取の意義、さらに高血圧症のカルシウム代謝異常について概説する。
1.カルシウム摂取と血圧値
古くから、飲料水の硬水度と心血管合併症の死亡率との間に密接な相関があることが示されている。硬度が高いことはカルシウム含有量が多いことを意味することから、カルシウム摂取の循環器疾患発生に対する予防効果が推測されるようになった。
わが国では Kobayashi (*2)が、硬水を飲料水とする地域では、軟水の地域と比較して高血圧や脳卒中の死亡率が低いことを報告した。英国では Stittら(*3)が、61都市における疫学調査から、飲料水中のカルシウム濃度が低いと心疾患死亡率が高く、さらに軟水を飲用する都市では拡張期血圧が高いことを示した。さらに米国でも Schroeder ら(*4)により飲料水の硬度が高い州では心血管死亡率が低いことを報告している。 、しかし、硬水に由来するカルシウム摂取量は食事由来のカルシウム摂取量に比し少量であるという理由から、その後は食事由来のカルシウム摂取量と血圧との関係についての研究が展開されるようになった。
1973年、米国の Langford と Watson (*5)は、黒人女性100人を調査し、カルシウム摂取量が少ない例での血圧値の上昇を認めている。
カルシウム摂取量と血圧値の関係が世界中で注目されるようになったのは、1984年に発表された McCarron (*6)の報告による。この報告は、1971〜1975年に米国で行われた『健康と栄養に関する調査T』( National Health and Nutrition Examination SurveyT, NHANEST )の調査資料に基づき、10,372人の血圧値と17種類の栄養摂取量との関連を解析したものである。
、1日カルシウム摂取量300mg以下では高血圧罹患例が11〜14%であるのに対して、1,200mg以上では3〜6%と有意に低下し、カルシウム摂取量が少ないと高血圧症の出現頻度が上昇するとともに、多変量解析によりカルシウム摂取量が高血圧の発症に強く関連していることを示した(図1)。 |
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【図1】カルシウム摂取量と高血圧発症頻度の関係(文献6,21より引用) |
さらに Witteman ら(*7)は、5万人以上の看護婦を対象とし、1日カルシウム摂取量が800mg以上の群に比し、400mg以下の群で約1.5倍高血圧を発症する危険性が高いことを示した。
わが国では、 Tsuchida らにより東北地方住民における低カルシウム摂取状況と高血圧、脳卒中発生の増加が報告されている(*8)。これらの報告はカルシウム摂取量と血圧値は逆相関することを示唆しており、1日カルシウム摂取量で400〜500mgより少ない場合には高血圧の発症頻度が上昇する可能性が高いと考えられる。
2.経口カルシウムの降圧作用
多くの臨床研究は経口的にカルシウムを負荷した場合、軽度ないし中等度の血圧低下を生じることを認めている。このうち、 Grobbee と Waal-Manning (*9)が二重盲検試験による研究をまとめた成績を図2に示した。
それぞれ投与量・投与期間・対象・人種・血圧の基礎値にばらつきがあり、降圧のレベルもわずかであるが、約2/3の研究で特に収縮期血圧が下降している。 、その他の成績からも経口カルシウム負荷で正常血圧者よりも高血圧患者の血圧が下降しやすいこと、長期投与で降圧効果が認められること、食塩感受性あるいは低レニン性高血圧に対して降圧効果を示すが、食塩非感受性あるいは高レニン性高血圧に対しては効果が少ないことが明らかとなっている。 、同様に、動物実験においてもデオキシコルチコステロン - 食塩負荷高血圧ラット(*10)、 Dahl の食塩感受性ラット(*11)など食塩感受性を有するモデルでのカルシウム負荷の降圧効果が認められている。 |
【図2】 経口カルシウム補給による降圧作用の臨床研究成績
(文献9より引用)
収縮期血圧(mmHg)
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拡張期血圧(mmHg)
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カルシウム負荷の降圧作用機序については、Ayachi ら(*12)がカルシウム投与後にナトリウム利尿が生じることを報告している。また、DOCA−食塩負荷高血圧ラットにカルシウム負荷を行うと腎血流量が増加することも認められている。私どもも自然発症高血圧ラットに経口カルシウム負荷を行い、ナトリウム利尿が出現すること、さらにこのナトリウム利尿には内因性心房性ナトリウム利尿ペプチドの血中レベルの上昇が関与している可能性を報告している(*13)。
本態性高血圧症では、副甲状腺ホルモン(PTH),1,25−(OH)2ビタミンDが高値であるが、経口カルシウム負荷によりこれらのカルシウム調節イオンが低下することも降圧機序の一つと考えられている。 、1,25−(OH)2ビタミンDの受容体は血管床にも存在することが示されており、血管平滑筋の細胞内遊離カルシウムイオン(Ca2+)の濃度調節に関与している(*14)。 、PTHは、血管平滑筋細胞ではCa2+流入を増加させるとされており、経口カルシウム負荷によりCa2+の流入が抑制される可能性がある(*14)。 、細胞内受容蛋白の一つであるカルモデュリンが自然発症高血圧ラットで低下しているとされているが、経口カルシウム負荷により正常化するとの報告がある(*15)。 、カルモデュリンはカルシウムポンプ機能の調節にも関与しているため、これによって細胞内Ca2+濃度も正常化する可能性が考えられている。
また、カルシウムには細胞膜安定化作用があり、この作用によりカルシウムやナトリウムに対する透過性が正常化することも考えられる。実際、自然発症高血圧ラットにおいて上昇していた血小板Ca2+濃度が経口カルシウム負荷により正常化することが報告されている(*14)。 、また、カルシウム負荷は交感神経系を抑制し、降圧を来すことが考えられる。実際、食塩感受性の幼若自然発症高血圧ラットで、血奬ノルエビネフリンの食塩負荷により上昇を抑制することが報告されている(*16)。さらに自然発症高血圧ラットやデオキシコルチコステロン−食塩負荷高血圧ラットにおいてカルシウム負荷によりノルエビネフリンやアンギオテンシンUに対する全身の昇圧反応が低下することも報告されている(*17)。
逆に、低カルシウム食で飼育すると動物腫によっては血圧が上昇することが認められており、これらの成績はある種の高血圧症において降圧機序は一様ではないものの、カルシウム摂取により降圧効果あるいは病態の改善が期待されることを示唆している。
3.高血圧症におけるカルシウム代謝異常
高血圧症におけるカルシウム代謝異常については、1980年 McCarron ら(*18)が本態性高血圧症において、血中PTH値および1日尿中Ca/Na比が正常健常者に比べて上昇していることを示し、本態性高血圧症では腎におけるカルシウム漏出が存在し、カルシウムバランスが負に傾くことから軽度の二次性副甲状腺機能亢進状態にあると提唱した。
、一方、 Resnick ら(*19)は、高血圧症を血漿レニン活性別にカルシウム代謝異常について報告している(表1、図3)。 経口カルシウム負荷により降圧効果の認められる低レニン性高血圧においては正常レニン・高レニン群に比べて血清Ca2+、血清カルシトニンは低く、逆に血清マグネシウム、PTH、1,25-(OH)2ビタミンDは有意に高かったとしている。これらのことより、低レニン性高血圧においては尿中カルシウム漏出により体内カルシウムは不足しており、血清Ca2+の軽度低下と血清カルシトニンの低下があり、血清PTHおよび1,25-(OH)2ビタミンD値の上昇があるものと考えられる。
さらに高血圧症において細胞内カルシウム情報伝達系異常が認められている。細胞内Ca2+は細胞活動の重要な情報伝達物質として働いており、細胞内Ca2+の上昇は血管平滑筋では収縮の引き金となる。 | |
【図3】本態性高血圧症患者の血清カルシウムイオン濃度 (文献16より引用)
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【表1】血漿レニン活性とカルシウムおよびナトリウム代謝の異常 |
レニン活性 | 高レニン型 | 正常レニン型 | 低レニン型 |
血清Ca2+ | 上昇 | 正常 | 低下 |
血清Mg2+ | 低下 | 正常 | 上昇 |
血中PTH | 低下 | 正常 | 上昇 |
血中1,25(OH)2D | 低下 | 正常 | 上昇 |
血中CT | 上昇 | 正常 | 低下 |
ナトリウム摂取 | 低 | 正常 | 高 |
ナトリウム感受性 | 低 | 正常 | 高 |
カルシウム摂取 | 高 | 正常 | 低 |
循環血液量 | 小 | 正常 | 大 |
(文献19より改変) |
、ヒト血小板Ca2+は本態性高血圧群において上昇しており、血圧と血小板Ca2+は正の相関を示し(図4)、また、降圧治療により血圧とともに血小板Ca2+は低下するとしている(*20)。
降圧治療に広く用いられているカルシウム拮抗薬は、細胞膜のカルシウム流入路であるL型カルシウムチャネルに対する拮抗薬であり、さらに自然発症高血圧ラットの血管平滑筋においても細胞膜へのカルシウム結合の異常やカルシウムくみ出し機構の一つであるCa2+−ATPase 活性の低下などが報告されている(*21)。 | |
【図4】正常血圧および高血圧症例における平均血圧と細胞内(文献20より引用)
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これらの細胞内カルシウム情報伝達系の異常が血管平滑筋細胞内Ca2+を上昇させ、高血圧を発症させている可能性が考えられる。しかし、これらのカルシウム代謝異常がどのように高血圧の発症に関係しているかは、今後の検討が必要である。
高血圧症においては、腎カルシウム保護能の障害も報告されている。食塩感受性あるいは容量依存性高血圧症において、経口カルシウム負荷による降圧を来すこと、これらの高血圧症には尿中カルシウム過剰排泄などのカルシウム代謝異常が認められることより、ナトリウム貯留と腎カルシウム保持能の低下が関連していることが推測される(*21)。 、実際、 Yamakawa ら(*22)は、高血圧の家族素因を有する正常血圧者に1日20gの経口食塩負荷を行うと、血圧の上昇とともに尿中カルシウム過剰排泄、血清Ca2+の低下、1,25-(OH)2ビタミンDの上昇などのカルシウム代謝異常が出現したことより、腎カルシウム保持能の低下が高血圧発症前に遺伝的に決定されている可能性が推測されている。
おわりに
多くの基礎的並びに疫学調査を含む臨床的検討により、高血圧においてカルシウム代謝異常さらに細胞内カルシウム情報伝達系の異常が存在していること、またカルシウム摂取不足は一部の高血圧の発症に関連していることが明らかとなっている。今後高血圧におけるカルシウム代謝異常の詳細な細胞内機序の解明を進めるとともに、食塩摂取ほど改善の進んでいないカルシウムの十分な摂取がわが国の食生活に定着する事が期待される。
参考文献
(*1) | Resnick LM, DiFabio B et al. : Dietary calcium modifies the pressor effects of dietary salt intake in essential hypertension. J Hypertens 4(Suppl 6):S679-S681,1986 |
(*2) | Kobayashi J : Geographcal relation between the chemical nature of river ater and death rate from apoplexy. Biol Okayama Univ 11:12-21,1957 |
(*3) | Stitt FW, clayton DG et al. : Clinical and biochemical indicators of cardiovascular disease among men living in hard and soft water areas. Lancet 1:122-1261973 |
(*4) | Schroeder HA : Relation between mortality from cardiovascular disease and treated water supplies. JAMA 172:1902-1908,1981 |
(*5) | Langford HG, Watson RL : Electrolytes environment and blood pressure. Clin Sci Mol Med 45:111-113,1973 |
(*6) | McCarron DA, Morris CD et al. Diatary calcium in human hypertension. Science 217:267-269,1982 |
(*7) | Witteman JC, Willett WC et al. : A prospective atudy of nutritional factors and hypertension among US women. Circulation 80:1320-1327,1989 |
(*8) | 土田満:カルシウム摂取量と高血圧の疫学。クリニカルカルシウム 2:31-36,1992 |
(*9) | Grobbee DE, Waal-Manning HG : The role of calcium supplementation in the treatment of hypertension. Current evidence. Drugs 39:7-18,1990
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(*10) | Dipette DJ, Greilich PE et al. : Systemic and regional hemodynamic effects of dietary calcium supplementation in mineralocorticoid hypertension. Hypertension 13:77-82,1989 |
(*11) | Peuler JD, Morgan DA et al. : High calcium diet reduces blood pressure in Dahl salt-sensitive rats by neural mechanisms. Hypertension 9(Suppl lll 159-lll 165,1987) |
(*12) | Ayachi S: Increased dietary calcium lowers blood pressure in the spontaneously hypertensive rats. Metabolism 28:1234-1283,1979 |
(*13) | Kohno M, Murakawa K et al. : Possible involvement of atrial natrial natriuretic factor in the antihypertensive action of a high-calciu diet in spontaneously hypertensive and Wistar-Kyoto rats. Metabolism 38:997-1004,1989 |
(*14) | 馬場章、西尾一郎:カルシウムイオンの急性および慢性負荷の血圧への影響。クリニカルカルシウム 2:24-29,1992 |
(*15) | Roullet CM, Roullet JB et al. : Abnomal intestinal regulation of calbindin-D9K and calmodulin by dietaly calcium in genetic hypertension. Am J Physiol 261:F474-F480,1991 |
(*16) | 小野歩、藤田敏郎:高血圧におけるカルシウム代謝異常。クリニカルカルシウム 2:24-29,1992 |
(*17) | Kageyama Y, Suzuki H et al. Effects calcium loading on blood pressure in spontaneously hypertensive rats; attenuation of the vascular reactivity. Clin Exp Hypertens A8:355-370,1986 |
(*18) | McCarron DA, Pingree PA et al. : Enhanced parathyroid function in essential hypertension;A homeostatic response to urinary calcium leak. Hypertension 2:162-168,1980 |
(*19) | Resnick LM, Nicholson JP et al. : Calcium metabolism in essential hypertension; relationship to altered renin system activity. Federation Proc 45:2739-2745,1986 |
(*20) | Eme P, Bolli P et al. : Correlation of platelet calcium with blood pressure; Effect of antihypertensive therapy. N Engl J Med 310:1084-1088,1984
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(*21) | 中橋毅、森本茂人ほか:カルシウム代謝異常。クリニカルカルシウム 4:8-14,1994 |
(*22) | Yamakawa H, Suzuki H et al. : Role of platele cytosolic calcium in the response to salt intake in normotensive subjects. Clin Exp Pharmacol Physiol 18:627-629,1991 |
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