4.食事とカルシウム吸収

 カルシウムは胃酸によって可溶化され、吸収されると考えられている。しかし、 Robert (*7)は無酸症の患者のカルシウム吸収が、カルシウム塩の形態および摂取状態によって異なることを示した。
すなわち、絶食時におけるカルシウム吸収は、炭酸カルシウムの形では悪く、クエン酸カルシウムの形では十分吸収されること、さらに、炭酸カルシウムでも食物と一緒に摂るとカルシウムは十分吸収され、健康者のレベル(グレーの部分)と変わらないことを示している(図2)。

 これらのことからも、カルシウム吸収は食物成分のほか、食物のpHも関与していると考えられた。 Robert が用いた試験食のpHは5.8と弱酸性であった。高齢者は胃酸の分泌が低下することからも、カルシウム吸収は食事の摂り方も含めて、トータルで考えることが重要である。

【図2】無酸症患者の摂取時におけるカルシウム吸収効果

5.牛乳カルシウムの吸収性について

 カルシウムの吸収率は前述のように、カルシウム摂取量など条件によって大きく変化するので、文献にみられる値も30%ぐらいから100%近くまでの広い範囲に散らばっており、牛乳のカルシウムの吸収率を一口にいうことはできない。

 Grager (*8)は、ラットによるカルシウム蓄積率(%)を、脱脂粉乳54±3、リン酸カルシウム48±2、かき殻55±2、炭酸カルシウム55±2、乳酸カルシウム56±1とし、リン酸カルシウム以外は差がないことを示している。

 Sheikh ら(*9)は、健康人8人に500mgのカルシウムを一度に与えた吸収率(%)について、牛乳31±3、酢酸カルシウム32±4、乳酸カルシウム32±4、グルコン酸カルシウム27±3、クエン酸カルシウム30±3、炭酸カルシウム39±3という結果を得、牛乳および各種塩類で有意差がみられなかったという。

 Levenson ら(*4)も、各種カルシウム塩類と牛乳の吸収率を比較し、蓚酸カルシウムが著しく劣る以外は、牛乳の33%はほかの塩類と大差ないことを示している。

 これらの結果をみると、蓚酸カルシウムのような不溶性のものは別として、可溶性か炭酸カルシウムのように胃酸によって可溶化するものであれば、吸収率にそれほど差がないと考えられる。しかし、これらの塩類についての成績の多くは、カルシウム補給剤の選択を目的とした実験において得られたものであり、通常の食事におけるカルシウム吸収率の評価とは異なる面を否定できない。

 牛乳は通常加熱殺菌されて飲用される。牛乳を加熱すると、可溶性カルシウムの一部が不溶化することはよく知られている。この変化がカルシウムの吸収率に影響するか否かは、関心の高い問題である。

 Weeks ら(*10)は、加熱処理乳のカルシウムのラットによる吸収率(%)を、あらかじめ高カルシウム食に馴らした群(高カルシウム)と低カルシウム食に馴らした群(低カルシウム)について実験し、図3の結果を得ている。

【図3】牛乳の殺菌条件とカルシウム吸収率
(Weeks ら(*10))

 この結果は加熱条件の間に有意差は認められないが、いずれも高カルシウム食に比し低カルシウム食で吸収率が高かった。しかし、低カルシウムは高カルシウムに比べ吸収率は良いとはいえ、表1の兼松のデータと同様、吸収されたカルシウムの絶対量は高カルシウムの方が大である。

 人についてのカルシウム吸収率の測定は、数少ないが、小林(*3)の成績からみれば、牛乳を育児用調製乳に加工した場合、乳児では60〜70%の吸収率と考えられる。乳児ではほかの食品を摂ることがないので、この数字はさほど大きく変化することはないであろうが、乳児以外ではほかの食品の影響が大きく現れることが考えられる。
したがって普段の食事のなかで、それもある期間に渡って一定の条件下で比較しないと意味がない。この点において、 Sheikh らのように500mgを一度に投与して調べたような実験に比べれば、兼松(*5)やわれわれ(*6)の実験は貴重であり、意義も大きいといえよう。

おわりに

 国民栄養調査成績をみても、カルシウムだけがまだ所要量に達しないことから、カルシウムはよほど心がけない限り、いかに不足になりがちな栄養素であるかを示している。したがって、骨の発育および骨密度を高めるためには、不足しがちなカルシウムをどのように工夫して摂取するか、ということが中心である。
しかし、現実には私たちの日常生活で、牛乳および乳製品を摂取せずに所要量のカルシウムを満たすのまかなり困難といえる。そこで、毎日の食生活の中に牛乳・乳製品をいかに上手に取り入れるかの工夫が重要である。
さらに摂取したカルシウムを十分に体内に利用するためには、活動的な生活が重要である。このことは、老齢期はもとより、それ以前の若い時期に、最大骨量をできるだけ高くしておくために、特に重要といえる。
食事は栄養素を摂ることの大切な目的のほかに、日常生活において、楽しく、心豊かになるための大切な役割を果たしていることを付記する。

引用文献

(*1)Pansu D, Bellaton C et al. :Effect of Ca intake on saturable and nonsaturable components of duodenal Ca transport. Am J Physiol 240:G32-37,1981
(*2)Allen LH : Calcium bioavailability and absorption : a review. Am J Clin Nutr 35:783-808,1982
(*3)Kobayashi A, Kawai S et al. :Effecta of dietary Lactose and Lactose preparation on the intestinal absorption of calcium and magnesium in normal infants. Am J Clin Nutr 28:681-683,1975
(*4)Levenson DI, Bockman RS : A review of calcium preparations. Nutr Rev 52:221-232,1994
(*5)兼松重幸:成人における各種食品中のカルシウム利用並びにカルシウム所要量に関する研究。栄養と食糧 6:135-147,1953
(*6)上西一弘、江澤郁子、梶本雅俊、土屋文安:日本人若年成人女性における牛乳、小魚(ワカサギ、イワシ)、野菜(コマツナ、モロヘイヤ、オカヒジキ)のカルシウム吸収率。日本栄養・食糧学会誌51:259-266,1998
(*7)Robert RR : Calcium absorption and acholorydria. N Engl J Med 313:70-73,1985
(*8)Grager JL, Krrzykowski CE et al. :Mineral utilization by rats fed various com-mercially available calcium supplements on milk. J Nutr 117:717-724,1987
(*9)Sheikh MS, Santa Ana CA et al. :Gastrointestinal absorption of calcium from milk and calcium salts. New Eng J Med 317:532-536,1987
(*10)Weeks CE, King RL : Bioavailability of calcium in Heat-processed milk. J Food Sci 50:1101-1105,1985