健康なからだづくりと
カルシウム摂取



広田孝子
辻学園中央研究室




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1.カルシウムはなぜ私たちの健康づくりに必要なのか
2.日本人のカルシウム摂取状況
3.骨粗鬆症予防とカルシウム
1)思春期
2)青年期
3)成人期
4)更年期
5)老年期
4.カルシウムを効率よく摂取するためには
まとめ
参考文献


1.カルシウムはなぜ私たちの健康づくりに必要なのか

 カルシウムは、骨や軟部組織の支持体となるばかりでなく、私たち生物の体内で、神経や筋の伝達刺激やホルモンなどの分泌、血液凝固、酵素活性、受精などの調節、情報伝達機構において中心的役割を担っている。
カルシウムは体重の1.5〜2%(約1kg)を占め、そのうち99%が骨に含まれている。すべての生物には、カルシウムの細胞内と細胞外液、または血液中の濃度をそれぞれ一定に維持するための厳密な調節機構が備わっている。そのため食事からのカルシウム供給が不足すると、カルシウム貯蔵庫である骨のカルシウムが溶け出し、その結果として、骨量が減少する。しかし、骨量の減少には自覚症状がない。
日本人は長年、カルシウムが充足できていなかったが、摂取不足が問題視されることは、これまであまりなかった。しかし近年、急速な高齢化社会の到来とともに、骨粗鬆症による大腿骨頸部などの骨折の急増が報告されたり、血圧との関係、結腸癌予防の可能性が示されるようになり、カルシウム栄養の重要性が再認識されるようになった。

2.日本人のカルシウム摂取状況

 30〜40年前までは、食料不足、栄養不足にあった日本も、経済成長とともに、驚くべき速度で飽食の時代を迎えた。これに伴い、肥満や糖尿病、循環器系疾患などの生活習慣病の増加が問題となってきた。加えて、長寿社会の到来に、アクティブな高いQOL(Quality of Life)に欠かせない骨の健康も関心を集めている。
つまり、30〜40年前までは生きるためのエネルギー、蛋白質の確保が最大の関心事であった。現代ではエネルギー、蛋白質やビタミン類までも所要量を十分充足しているため、カルシウム、マグネシウムや亜鉛等のミネラルや、その他の必須の微量元素をいかに適正量充足させるかが、健康な長寿生活を送るために重要となろう。

 厚生省が毎年実施している国民栄養調査の結果によると、日本人の平均カルシウム摂取量は約579mg/日(平成9年)で、厚生省の定める日本人の所要量(必要量)は成人600mg/日と低く設定されているものの、充足率は90%台であり、カルシウムだけが依然不足している。長寿国のなかで日本人のカルシウム摂取量は最低レベルである。例えば長寿国アメリカ人の平均カルシウム摂取量は約800mg/日近くと高く、カルシウム推奨量(米国科学アカデミー:NAS)も日本の所要量よりはるかに高く設定されている。(表1)。

【表1】女性のカルシウム所要量
年 齢日本(厚生省)1994年 アメリカ(NAS)1997年アメリカ(NIH)1994年
6〜8歳500800 800〜1,200
9歳6001,300
10歳700
11〜18歳1,200〜1,500
19〜24歳600 1,000
25〜50歳1,000
51歳〜1,200 1,500*(1,000)
妊娠期9001,000 1,200〜1,500
授乳期1,100
*:ホルモン補充療法実施者

 骨粗鬆症を含めた予防医学的見地から、アメリカの国立衛生研究所(NIH)においても、思春期および更年期と老年期に高いカルシウム摂取量が提唱されている(表1)。

3.骨粗鬆症予防とカルシウム

 少し前までは、骨量は出生後ほぼ連続的に増加し、30〜40歳ごろに最大値(最大骨量)に達すると考えられていた。
しかし、最近の各年代の女性を対象とした骨密度の測定結果から(*1〜4)、腰椎、脚のつけ根(大腿骨頸部)、手首(前腕遠位部)、踵の骨密度値は16歳ごろまで上昇し、16、17歳でほぼ最大値に到達するというデータが得られている(図1)(*2)。

 また、女性の骨密度の急上昇期は12〜15歳ごろにあり、これは初経発来時の2〜3年間である。

【図1】各年齢の骨密度
(広田ら:臨床と薬物治療14(6):533,1995)

 そして腰椎の骨密度は、40〜50歳ごろまで最大値が維持され、閉経後、急激な低下が示される(図1)。脚のつけ根の骨密度は、16〜17歳ごろピークに達した後、わずかながら低下する傾向があり、さらに閉経とともにより大きな低下がみられる(図1)。したがって女性の場合、初経と閉経が骨密度変化に強く影響を与えていることがわかる。

 これらの年齢ごとの骨密度カーブから、骨粗鬆症対策の最も有効な予防は、1)思春期に最大骨量をできるだけ高めておくこと、2)青年期からの骨量減少をできるだけ抑えることにあり、女性のそれぞれの年代に応じた食生活や運動のなど日々の生活習慣を改善することによる骨粗鬆症予防法があるであろう。そこで、われわれのこれまでの骨密度測定結果などから、女性の年代別の丈夫な骨づくり、健康なからだづくりについて考察したい。

1)思春期

 骨密度急上昇期は初経発来のころであり、2〜3年間続くものと考えられる。女性の場合、10歳ごろから身長の急激な伸びがはじまり、そして身長の伸びの鈍化につれ初経が発来し、骨密度の急上昇が起こるようである(図1)。男子の場合は、女子より身長のスパートは1〜2年遅れ、骨密度も2〜3年送れてピークに到達するようだ。

 一般に、身長の伸展の鈍化とともに体重の増加が起こり、皮下脂肪の蓄積も増え、女性らしいからだつきとなってくるが、自己の容姿への鋭敏な認識、マスコミなどの影響から、やせ願望をもつ者が増加する。
適切な栄養と運動により、将来に備えた強い骨づくりが効率良くできる思春期に、極端なダイエット(食事制限)により、十分な栄養補給が行われなくなるかもしれない。
われわれの調査では、小・中・高校生時にダイエットをはじめた者は、20歳ごろに低骨密度(WHO定義に相当する骨減少)を示す者が多く現れ、またダイエットを繰り返す者にも、低骨密度者が多く認められた(図2)。

【図2】ダイエット回数と低骨密度
(広田ら:臨床と薬物治療81(7):768,1992)

 また、思春期における運動の顕著な影響も観察された。運動系のクラブ活動など(週3回以上)を、3年以上継続していた者において高い骨密度が観察され、特に13〜15歳の中学生時に運動習慣のある者の骨密度値は高く、骨密度の急上昇期における運動の重要性も示された(*6)。

 以上のことから、思春期における食事制限(ダイエット)や運動不足は、骨密度上昇を抑え、最大骨量を十分に高めない可能性が示され、更年期以後の発生に関わるものと考えられる。欧米人を対象とした研究において、思春期における牛乳摂取量が、、更年期以後の骨密度と強い相関があるとの、報告がいくつかある。
思春期は骨づくり、健康なからだづくりの最も重要な時期となる。このため、一生で最も高いカルシウム、各栄養素が必要となり、適度な運動習慣を励行することにより、骨形成および循環器機能の向上が積極的に行われる重要な年代と考える。しかし、欧米ではティーンエイジャーにおける食行動異常( eating disorder )が増加しており、わが国においても肥満予防教育に重点がおかれるのではなく、思春期における骨づくり、健康づくりについての十分な栄養摂取の重要性や運動習慣の必要性が強調されなければならないであろう。

 また身長については、極端に低栄養状態だった時代には、牛乳を飲んでいた子どもの方が身長が高いという古い報告があるが、現在のように豊かな社会では、身長とカルシウム栄養との関係は観察されない。

 なお、、思春期におけるカルシウム所要量は、日本では女子700mg/日、男子700〜900mg/日であるが、米国NIHによるカルシウム推奨量は、日本の2倍近い値が示されている(表1)。われわれの調査による都市部の女子高校生のカルシウム摂取量は約400mg/日と、予想をはるかに下回る低値が観察された。

2)青年期

 青年期は一生のうちで最も骨密度が高く、ほとんどの骨密度測定部位で最大値が示される。青年期には食事や運動、その他のライフスタイルが骨密度に大きな変化を与えるとは考えにくい。しかし、前腕遠位部の骨密度が低い者ほど欠食が多く(*3)、食事からのカルシウム摂取量も少なく(栄養所要量の2/3)、さらに蛋白質など、その他の栄養素摂取不足も観察された(図3)。

【図3−a】カルシウム摂取と骨密度
( T.Hirota et al. :Am J Clin Nutr55:1168,1992)

【図3−b】蛋白質摂取と骨密度
( T.Hirota et al. :Am J Clin Nutr55:1168,1992)

 そして、これら青年期の低骨密度の女性にカルシウム不足を補う食事をしてもらい、運動量も増加させると、半年後、骨密度に有意な上昇が観察された。これらのことから、青年期は食生活や運動の改善により、十分に骨密度を上昇させることのできる時期と考えられる(*7)。

 大腿骨近位部の骨密度において、骨折歴、喫煙歴、腰痛、睡眠不足を訴える者が数%の低値を示したことから、喫煙、ストレスなども、青年期の低骨密度の危険因子ではないかと考えられる。一方、腰椎骨密度値においては、体格(体重、Body mass index )のほか、初経年齢が骨密度との強い相関因子であることから、腰椎の最大骨量は、女性ホルモンなどの内分泌因子の強い影響を受ける部位と考えられる。

 青年期は、成長を終えた女性にとって、母体となるための準備段階でもあるが実際は、ファッション、マスコミなどの影響を強く受け、食生活は軽んじられ、欠食の頻度が高く、カルシウム充足率も低くなるなど、母体の準備段階としての認識は低い。

 わが国の青年期におけるカルシウム所要量は男女とも600mg/日であり、アメリカの推奨量に比べはるかに低い(表1)。われわれの食事調査の結果では、19〜25歳の女子学生のカルシウム摂取量は平均 460mg/日と、低値を示した(*3)。

3)成人期

 腰椎の骨密度は、40歳ごろまで最大骨量が維持され、成人期は骨密度の最も安定している時期と考えられる。しかし、妊娠、出産、授乳期にある女性にとって、大量のカルシウムを、胎児や乳児のために供給しなければならない。もし母体にカルシウムが十分補給されていなければ、母体の骨から胎児や乳児にカルシウムが補われる結果となる。
この時期に妊娠後骨粗鬆症が報告されているが、わが国では症例が少ない。授乳期に骨密度が減少することが報告されているが、適切な栄養状態で回復する。開発途上国においては、低カルシウム状態で、かつ多産子の若い女性において、出産後の骨折が多いことが報告されている。
現在、先進国のなかで最もカルシウム摂取量の少ない日本人女性は、成人期のカルシウム所要量の600mg/日すら充足できていない状態である。妊娠期、授乳期の900mg/日、1,100mg/日の極めて高い所要量を充足できているかは疑問である。この時期におけるカルシウムの充足度が、すぐに妊娠後骨粗鬆症に影響を及ぼすと考えるより、更年期後の骨粗鬆症発症と関係する可能性がある。妊娠期における高いカルシウム摂取は、母体の骨を健全な状態に保つばかりでなく、妊娠中毒症や子癇症の予防も期待できる。

4)更年期

 平均閉経年齢は50歳ごろであり、この前後数年間は卵巣機能が衰えるため、女性ホルモン分泌が急激に低下する。そのため閉経後は、年間2〜3%の骨密度減少が数年観察され、閉経後女性の骨粗鬆症の罹患率は急激に増える。したがって、更年期における骨密度減少をいかに低く抑えるかが骨粗鬆症予防の鍵となるのだが、骨密度を改善させる有効な方法の一つとして、米国ではすでに広く行われているホルモン補充療法により卵巣機能を補おうとする療法が日本でも評価されつつある。

 その他、更年期における高いカルシウム摂取量および運動量の増加は骨密度減少を抑えることが期待できよう。もともとカルシウム摂取不足である日本人にとって、骨密度減少期である更年期にカルシウムを十分に摂取することにより更年期の骨吸収(骨からカルシウムが流れ出る)を低下させる可能性は期待できる。われわれの調査結果では、更年期の骨密度は閉経後年数、体重と強く相関するほか、食生活や運動量とも相関が観察され、更年期には思春期と同様、カルシウム摂取や運動が骨密度の変動に影響を与えていることがわかる(*4,8)。

 更年期に急増する疾患として、骨粗鬆症のほか肥満、高脂血症、動脈硬化の進展もあげられる。更年期女性はこれらの生活習慣病を予防するために自己流の食事制限をはじめることが多く、その結果、思春期女性と同様に、カルシウムなどの栄養素摂取不足を来しやすい。この現象は、カルシウムの摂取量の高い米国においてさえ、報告されている。

 更年期におけるNIHのカルシウム推奨量は1,500mg/日、あるいは1,000mg/日(ホルモン補充療法を受けている場合)であるが(表1)、日本においては600mg/日と、成人期と変わらない。更年期の生理的変化は考慮されていないようである。

 更年期においては、カルシウムの摂取量は増加させても、カロリーや脂質の増加が少なく、栄養素のバランスがとれる食事が必要である。例えばカルシウム源として、普通乳のかわりに低脂肪乳や無脂肪乳が勧められる。また、関節に無理がなく、長年継続可能である運動習慣の励行は、骨粗鬆症のみならず、生活習慣病予防にも有効である。

5)老年期

 骨密度は閉経を機に急激に低下し、以後加齢とともにさらに減少していくものと考えられるが、個人差も大きい。

 また老年期においては、腸管でのカルシウム吸収能が極度に低下し、そのうえ食事の量も減り、カルシウムの摂取量は減少する。より一層カルシウム吸収効率の高い(表2)食品の摂取に努め、さらに腸管でのカルシウム吸収を助け、ビタミンDを摂取し骨折を予防することがどの年代よりも重要となる。

 ビタミンDは食物から摂る以外にも、太陽光線により皮膚で合成できる。われわれの調査結果からも、老年期女性において骨密度と日照時間との相関が観察された。また、ゲートボールを行っている者の骨密度が高いという報告もあることから、太陽のもとでの活動(運動)が効果的であろう。

 骨密度は老年期において、体重と非常に強い相関がみられる(*8)。したがって少食になりがちな老年期こそ、カルシウムはもとより、いろいろな栄養バランスがとれる食生活に努め、十分な体格を維持することが重要である。

【表2】カルシウムを多く含む献立例
(広田孝子ら 骨が強くなるカルシウム料理)
海草と小魚のマリネ(1人分)
材 料分 量カルシウム量
わかさぎ30g225mg
小麦粉大さじ5/61mg
揚げ油3g0mg
い か15g3mg
ゆでだこ15g3mg
あさり30g24mg
えび(無頭)2.5尾25mg
たまねぎ8g1mg
生わかめ5g6mg
オリーブ6g5mg
レタス1/12玉7mg
ドレッシング1mg
サラダ油大さじ3/40mg
レモン汁大さじ1/50mg
ワインビネガー大さじ1/5 1mg
ソース大さじ1/40mg
合 計301mg

豆腐のサンド焼き(1人分)
材 料分 量カルシウム量
豆腐(木綿)1/2丁 180mg
大葉(青じそ)2枚4mg
トマト半 分5mg
スライスチーズ2枚252mg
ケチャップ>大さじ1/2 2mg
ピーマン1/7個1mg
合 計444mg
牛乳の野菜煮(1人分)
材 料分 量カルシウム量
サラダ菜2株72mg
バター大さじ24mg
小麦粉カップ12mg
牛 乳カップ1/2100mg
生クリームカップ1/8 15mg
合 計193mg

小松菜とあなごのごまあえ(1人分)
材 料分 量カルシウム量
小松菜1/5束200mg
焼きあなご15g10mg
白炒りごま小さじ1/3 12mg
合 計222mg