4.Ca欠乏または過剰によりもたらさせれるミネラルアンバランス

 ミネラルの過不足により生体内ミネラルのバランスが崩れ、種々の病態をもたらすことが知られているが、Caについての基礎実験結果について述べる。

 Caを欠乏した飼料で4週間ラットを飼育して、生体内のミネラルバランスについてみると 図5に示すように、Ca欠乏によりCa以外のミネラルのの大きなアンバランスを招いた。
すなわち、骨ではCaのみならずCu、Zn、Mg、Na、Kも低下、血液ではCa、Cuの低下とMgとNaの上昇が認められた。脳ではCaの低下とP、Kの上昇、心臓ではCa、Zn、Cu、Fe、K、Pが低下、Naが上昇した。肝臓ではCa欠乏によってもCa濃度に変化がなくNa、Zn、Fe、Mgは上昇、KとCuは低下し、脾臓でもCaには変化はないが、NaとMgの大幅な上昇、Cu、K、Znの低下が認められた。そして、排泄経路となる腎臓ではCa、Cu、K、Zn濃度は低く、Feのみ高値となった。
また、Ca欠乏後Caを再負荷した後のミネラルバランスも図2に示したが、必ずしも本来の状態に回復するとは限らず、欠乏時のアンバランスが継続するものと、かえってその反対方向のアンバランスをもたらすことが示された。

【図5】Ca欠乏食によるラット生体内ミネラルバランスへの影響
( 木村美恵子 : 微量栄養素研究2,1985より)


【図6】骨中ミネラル濃度へのCaおよび蛋白摂取量の影響( 武田隆久、木村美恵子ほか : J Nutr Sci Vitaminol 39,1993より)

 また、Ca栄養状態には、Caの摂取量のみではなく、蛋白質摂取量とのバランスによっても大きな影響があり、Ca欠乏時に蛋白質摂取量が多いと、Ca欠乏状態が増悪される、そして、同時に、MgやPの欠乏をも招く(図6)。

 Caの摂取不足がクローズアップされ、Ca強化食品などの摂取が推奨されている。しかも、Caは過剰に摂取しても弊害がないと信じられている場合が多い。Ca過剰の飼料(正常、2倍、5倍、10倍)で3週齢の幼弱ラットを4週間飼育すると、図7に示すように顕著な生育障害をもたらし、図8、9に示すように顕著なミネラルアンバランスを引き起こした。

【図7】カルシウム過剰摂取による成長への影響( 木村美恵子ほか : Magnesium. Current Status and New Developments, Eds by T.Theophanides & J.Anastassopoulou, Kluwer Academic Publishers 1997より)

【図8】組織中ミネラルバランスへのCa過剰摂取の影響(木村美恵子ほか : Magnesium. Current Status and New Developments, Eds by T.Theophanides & J.Anastassopoulou, Kluwer Academic Publishers 1997より)
【Ca】
【Mg】
【P】
*:P<0.05
Cont:正常飼料、Ca2:飼料中Ca2倍
Ca5:飼料中Ca5倍、Ca10:飼料中Ca10倍

 Ca5倍、10倍群では、心臓、脾臓、腎臓、睾丸、筋肉などにCaが蓄積し、特に過剰のCa排泄経路として腎臓では肉眼的にも顕著な石灰化が認められた。
PもCa10倍群では、心臓、睾丸では沈着、反対にCa5倍、10倍群の腎臓、骨では減少した。
MgはCa5倍、10倍群の血液、骨、腎臓中で顕著に低下した。
Ca5倍、10倍群の肝臓、脾臓中Feの低下を招き、肺には沈着した。ZnはCa5倍、10倍群の血液、心臓、骨に沈着していた。
SはCa5倍、10倍群の骨、肝臓で上昇、腎臓で減少した。

 このようにCaの過剰摂取は骨の強化に役立つことはなく、むしろMgなどほかの骨中ミネラルの低下、骨の脆弱化を招き、腎結石による腎障害、造血や鉄貯蔵の臓器である脾臓、肝臓などでFeの欠乏等々の健康障害を招くことに注目したい。

【図9】組織中ミネラルバランスへのCa過剰摂取の影響
(木村美恵子ほか : Magnesium. Current Status and New Developments, Eds by T.Theophanides & J.Anastassopoulou, Kluwer Academic Publishers 1997より)

【Fe】
【Ca】
【S】
*:P<0.05
Cont:正常飼料、Ca2:飼料中Ca2倍
Ca5:飼料中Ca5倍、Ca10:飼料中Ca10倍

5.Mg欠乏によりもたらさせれるミネラルアンバランス

 Mgを欠乏にした飼料でラットを飼育すると約10日から2週間で心発作を起こして死亡する場合が多い。Mg欠乏飼料で2週間飼育したラットの生体内のミネラルバランスを図4に示した。Mg欠乏の場合もMg以外のミネラルにも大きなアンバランスを招いた。すなわち、有意の変化としては、骨ではMgのみならずMg、Znが低下、血液ではMgのみ低下した。脳では大きな変化はなかったが、肝臓、脾臓、腎臓でのFeの大幅な沈着、脾臓、筋肉および腎臓におけるCaの増加など種々のミネラルアンバランスを招くことが示された。

 上記に示したように、Ca欠乏やMg欠乏により、また、過剰やアンバランスな摂取の場合も種々のミネラルのバランスが崩れることは明らかである。そして、いったんバランスを崩した生体内の状態はミネラルの摂取・投与などの栄養摂取のコントロールによっても容易には回復しないことを示している。また、長期の摂取過不足や一時的な極端な摂取過剰などにより予測できないようなアンバランスを招き種々の疾患を引き起こす可能性が考慮される。

6.Ca、Mgの必要性と所要量

 1748年スウェーデンのガーンが骨の成分の大部分がCaからなり、Pも含まれていることを発見し、1843年ショッサがトリを小麦飼料のみで飼育すると鉱物質不足を招くが、これには炭酸カルシウムの補給が有効であることをみつけた。一方、Mgが血液中に含まれていることが1915年デニスによりみつけられ、1926年になってレロイはラットを用いて、その必要性を証明した。そして、マッカラムがMg欠乏の飼料で飼育したイヌやラットがけいれんを起こし、Mgの投与によりその症状が改善されることを発見した。その後、CaおよびMgは他項に記されているような生体内における種々の働きがみつけられている。

 現在、CaおよびMgの所要量は、多くの国で決められているが、わが国では、Caは600mg/日の所要量が、Mgは300mg/日の目標所摂取量が定められている。

 これまで、わが国で栄養所要量が決められていたのはCa600mg/日とFe男子および閉経後女子10mg/日、女子12mg/日のみで、その他Na、P、Kに目標所摂取量が設定されているのみで、Mgに関してはなんら設定がなかったが、平成元年の改訂によりMgの目標所摂取量が300mg/日と付加設定された。
Mgの必要量の決定は、通常、出納実験による実験結果に基づくが、それによると成人女子で160mg、成人男子で200mg程度が1日の最小必要量となる。これに安全率を加えて、日本人成人では1日300mgが目標所摂取量と決定されたのである。諸外国ではMgの所要量が決められているが、参考にそれらの値を記すと、1日成人男子で、ソビエト;400mg、アメリカ、イタリア、ニュージーランド、フランス、ドイツ、タイ;350mg、オーストラリア;320mg、イギリス;300mg、カナダ;240mgとなっており、これらからみても、わが国の値はほぼ妥当と考えられる。
ちなみに、諸外国でのCaの所要量は、1日成人男子で、カナダ;1,000mg、ソビエト、オーストラリア、フランス、ニュージーランド、ドイツ、タイ;800mg、イギリス;700mg、アメリカ、イタリア、600mgなどとなっている。
Ca/Mgの比をとってみると、1日成人男子で、カナダ;4.2、ソビエト;2.0、オーストラリア;2.5、フランス、ニュージーランド、ドイツ、イギリス、タイ;2.3、アメリカ、イタリア;1.7となっている。

7.日本人のCaおよびMg摂取量の経年変化

 国民栄養調査結果から、Ca摂取量と食品群別摂取量をもとに計算したMg摂取量をみると、Ca摂取量は昭和30年以来、直線的に上昇しているが、Mg摂取量は250mg/日と横ばい状態である。Ca摂取量は、日本人の摂取不足が啓蒙されて、1995年ごろでは300mg/日弱であったのが、1970年あたりから、年々増加して、約579mg/日までになってきている。
したがって、昭和30年には確かにわが国のCa/Mgの比は低かったが、日本人のCa摂取不足が問題とされ、Caをもっと摂取するよう啓蒙された結果、現在では必ずしもこの状態ではなく、この比が高くなってきている。このような状態は循環器疾患予防の立場からは好ましい状態ではなく、Ca摂取量増加の啓蒙に際しては、同時に、Mg摂取量も増加させることが必要となる。

8.日本人のCa、Mg摂取状況

 幼稚園児男女(5歳児)、小学生男女(12歳)、中学生男女(15歳)、高校生男女(18歳)、大学生男女(19〜27歳)、農村住民、漁村住民、近郊農村住民、都市住民、都市ビジネスマン(年齢層別、単身赴任・自宅別)、病院職員、病院入院中老人などの栄養摂取状況を実施した。
また、青森県、秋田県、新潟県、福岡県、鹿児島県、沖縄県各住民の食事を陰膳法にて収集し、実測によるミネラル摂取量調査も共同研究で実施した。
1日あたりのCa、Mgの平均摂取量のほか、同時に朝、昼、夕、間食別の各々からの摂取量も算出した。
各グループのCa、Mgの平均摂取量は図10に示した。

【図10】種々のグループにおけるCa、Mgの1日当たり平均摂取量およびCa/Mg摂取比( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)

 Ca摂取量は幼稚園児、高校生男子、大学生男子の都会生活者の一部は充足されているグループもあるが、必要量の多い、小学生、中学生や高校、大学生女子、若年単身赴任者どは摂取不足が多く、全般にいまだ所要量の充足率は悪い。また、地域別摂取量の実測では、青森、秋田、新潟、福岡、鹿児島、沖縄各県は500mg/日以下であったが、鹿児島では600mgより高値であった。
食事のうち調理の際、水を多く使用する米飯ではその地域の水中ミネラルの影響が大きいが、米飯のみからのCa平均摂取量をみると、およそ10〜20mg/日で、青森、福岡、沖縄の各県で高値であった。病院入院中老人では食事摂取量も非常に少なく、Ca摂取量も極端に低値であった。

 Mgの平均摂取量は摂取推奨量の300mg/日に達していたのは漁村住民のみで、その他のグループは200mg/日前後と低値であった。地域別にみると、Mgの摂取量は200〜250mg/日の範囲で地域による差は少なく、全般に摂取不足が予測された。米飯からのMg摂取量は15〜30mg/日と、地域による差は大きく、福岡が多く、沖縄では非常に低値であった。入院老人ではCaと同様非常に低値であった。その他の報告でも150〜300mg/日程度であった。

 Ca/Mg比をみると、幼稚園児、小学生、中学生、大学生、一部の都会などでは、3以上と高値で、農漁村やビジネスマンなどでは、ほぼ2であった。また、地域別の地方でのデータでもほぼ2であった。日本古来の食生活の影響が大きく残っている地方などでは、Ca摂取不足があり、Ca/Mg比はよくなるが、Caの摂取不足が改善の方向に向かうとその比が高くなるので、先に述べたように、Caの摂取増加を推進するときはMg摂取の増加にも同時に心がけるよう特に注意が必要である(図10)。

 朝食、昼食、夕食、間食別のCa、Mg摂取比率をみるとCaは朝食、間食への依存率が高いが朝食や間食に供する食品による変動が大きい。

 Mgは平均的に摂取できるが、近年間食の摂取が増加しており、間食からの摂取量は無視できないものがある(図11)。



【図11】間食からのCa、Mg摂取比率およびCa/Mg摂取比
( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)

9.Ca、Mgの食品群別摂取量とその有効な食品の選択

 Caの食品群別摂取量をみると、図12に示すように、Ca摂取量の多い都会型・若年層では、乳製品類からが最も多く、豆類、単色野菜類、魚介類などがCaの供給源となっている。漁村や高齢者層などでは、乳製品類、魚介類、豆類、単色野菜類、海草類など種々の食品からCaを摂取している。

 Mgは、都会では穀類、野菜類、魚介類、肉類、乳類など種々の食品から摂取しているが漁村や高年齢層では、穀類、野菜類、魚介類の由来が多い。

【図12】食品群別Ca、Mg摂取量( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)
Ca
Mg

 これらの摂取源としては、本来食品中含有量が高値であるだけでなく、主食である穀類など日々の摂取量が多い食品からの摂取が重要となる。各食品中CaおよびMg含有量およびCa/Mg比を図13−A、−B、−Cに示した。

【図13−A】各種食品中Ca含有量( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)

【図13−B】各種食品中Mg含有量( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)

【図13−C】食種品中Ca/Mg含有量比( 木村美恵子 : CLINICAL CALCIUM 4(5),1994より)

 小魚など骨を直接摂取する食品は計算上のCa摂取量としては多くなるが、食品中Caの化学型による吸収率にも違いがあり、含有量のみからは単純には判断できない。食品中の含有量が多くても、干のり、干こんぶなど食品として多量は摂取できないものでは無意味であることなどの配慮が一般に忘れがちであるなどが指摘されている。
また、ミネラル類の吸収や体内蓄積、排泄などはほかの栄養素の摂取バランスにより大きく左右されるなどのゆれが大きく、摂取に際してはこれらの点への配慮も必要となる。例えば、Ca/Mg摂取比は2以下、P/Ca摂取比も2以下であることが肝要である。

 飲料水や各種飲料からのCa、Mg摂取も無視できないものがあり、日本各地の水道水中Caは11〜20mg/l、Mgは1〜3.5mg/l、日本酒でCaは約8.7mg/l、Mgは約4mg/l、清涼飲料水はCaは4〜23mg/l、Mg1〜3mg/lであるが、ビールでCaが約7〜28mg/l、Mgが48〜66mg/l、ワインではCaは42〜62mg/l、Mgは39〜82mg/lと比較的Ca、Mg含有量が高い。