カルシウムの性別、
年齢階級別所要量


伊東蘆一
東京家政学院大学家政学部




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1.所要量とは何か?
2.わが国のカルシウム所要量はどのように算定されているか
1)カルシウム必要量の求め方
2)わが国の性別、年齢階級別カルシウム所要量
3)性別、年齢階級別カルシウム所要量の国際比較
3.所要量をどう考えるか
1)わが国のカルシウム摂取量と所要量の比較
2)カルシウム吸収効率と利用効率の代謝的適応
3)カルシウム栄養に影響を与える食餌性の因子
おわりに
参考文献


1.所要量とは何か?

 ある個人が正常な状態で生存し、活動するために摂取しなければならないある栄養素の量は、その個人にとってその栄養素の摂取必要量( Intake requirement :以下『必要量』と記す)と呼ばれる。
一方、個体にとっての必要量とは別に、いくつかの栄養素について、集団を対象として、性別、年齢階級別に『所要量』という概念がもうけられている。わが国の所要量の定義はあいまいで、『国民が健康を維持し、健康に毎日の生活を営めるようにするためにはどのような栄養素をどれだけとったらよいかという摂取量の基準』とされている(*1)。
米国で所要量に相当するのは Recommended Dietary Allowances(以下RDAと略す)と呼ばれているものであるが(*2)、これは明確に定義されていて、『科学的な根拠に基づき、実際上すべての( Practically all )健康な人々の必要量を満たすことができると判定された栄養素の摂取量である』とされ、さらに具体的に『ある集団を構成する健康な個体の、ある栄養素の必要量の平均値に、標準偏差の2倍(2SD)を加えたものをその栄養素の、その集団にとってのRDAとする』との記載がなされている。
ここでいう集団とは、性、年齢、体格、身体状況が一定な仮想的集団で Reference Individuals と呼ばれる。英国では所要量は Reference Nutrient Intakes(RNI)と呼ばれているが、意味あいは米国のRDAと同様である(*3)。

 実際には、多くの栄養素について、ヒトの必要量に関するデータは乏しく、特に標準偏差については信頼できる値が知られていないことがほとんどである。そこで、『多くの生命現象の変動係数(CV)は約15%である』という、よく知られた知見にしたがって(*4)、必要量の平均値の30%増しの値を所要量とすることが多い。このことは、しばしば、『所要量は必要量に30%の安全率を見込んで算定する』と表現される。

 RDAやRNIは上に述べたように、『たとえ性、年齢、体格、身体状況、ライフスタイルなどが同一の人々の間にも、栄養素の必要量には個体差がある』という認識を前提としている。そして、ある個人について、ある栄養素の必要量はほとんどの場合不明である。したがって、ある個人について、ある栄養素の摂取量と所要量を比較しても、その人が欠乏状態に陥るか否かを知ることはできず、ただ、その人が欠乏状態に陥るリスクが何%であるかを推定することができるだけである。

 図1には、ある栄養素の摂取必要量の分布の様子(実線)と所要量との関係が示されている。さらに実際の摂取量と、その摂取量を長期間にわたって継続した場合に欠乏状態におちいるリスクとの関係が、破線で示されている。長期にわたる摂取量が『所要量』に一致している場合には、リスクはわずか数%にすぎないが、『摂取必要量の平均値』に相当している場合には、想定されるリスクは50%に及ぶことがわかる。
【図1】
摂取量、必要量および欠乏症のリスクの関係

必要量の分布(実線)については横軸は必要量、
欠乏症のリスク(破線または点線)については横軸は摂取量。

M:摂取必要量の平均値

2.わが国のカルシウム所要量はどのように算定されているか

1)カルシウム必要量の求め方

 カルシウム所要量の算定の基礎はカルシウム必要量である。これまで、わが国では所要量の算定のために、出納法によって求めたカルシウム必要量を用いてきた。
しかし、出納法によってカルシウム必要量を求めることにはかなりの困難がある。出納法の問題点としては、『骨のカルシウム代謝の状態が、出納試験で用いられる非日常的なカルシウム摂取量に適応するためには6〜18カ月を要するのに、通常の出納試験はたかだか数週間にわたって継続されるにすぎない』ことなどが指摘されており(*5)、米国のRDA(*2)でも英国のRNI(*3)でも設定の根拠となる必要量の算定に出納法のデータは採用されていない。

 RDAとRNIで必要量を算定するのに用いられているのは要因加算法である。これは、成長期以後の場合には、カルシウムの腎臓、皮膚、消化管を通して不可避的損失量( Obligatory loss )の合計を、また、成長期の場合には、この合計に骨への蓄積量を加えたものを求め、これを体内に取り入れることのできる摂取量を、吸収効率を用いて計算する方法である。

2)わが国の性別、年齢階級別カルシウム所要量

 わが国の現行の所要量は1994年に設定されたもので、『第五次改訂日本人の栄養所要量』(*1)と呼ばれ、1999年まで用いられた後に、次の改訂が行われることになっている。この所要量の設定の基礎となったカルシウム必要量の算定は、要因加算法によって行われた。
表1には、カルシウム必要量の根拠となる数値と、それらに基づいて算定した、カルシウムの必要量が、性別、年齢階級別に示されている。性別、年齢階級別の体重は、日本人の2000年の推定基準値を基礎にしているが、算定に用いられたその他のデータは、すべて欧米人について得られたものである(*6)。
成人の場合には、尿中排泄量は体重(Kg)の0.75乗( Metabolic body weight )当たり6mgとされている。経皮的損失についてはさまざまな値が報告されているが尿中排泄量の17%という値が採用されている。
成長期については、各年齢階級における体重1Kg当たりの骨のカルシウム含量のデータから、骨に蓄積されるかの量を算出して、これを不可避的損失量に加算している。
要因加算法によってカルシウム必要量を算定するためには吸収効率を知る必要があるが、ここでは『見かけの吸収効率』を用いている。『見かけの吸収効率』とは、消化液の成分として、あるいは剥離した消化管粘膜などに含まれて腸管に排出され、再び吸収されることなく便中に排泄されるカルシウムは、はじめから吸収されなかったものとみなして計算した吸収効率である。カルシウムの『見かけの吸収効率』は『真の吸収効率』のほぼ2/3とされている(*6)。

【表1】要因加算法によって計算したカルシウム摂取必要量
年齢(歳)体重(Kg)A.尿中
排泄量
(mg/日)
B.経皮的
損失
(mg/日)
C.蓄積量
(mg/日)
A+B+C見かけの
吸収効率
(C/C)
D.摂取
必要量
(mg/日)
0〜 3.12〜9.3223417820550410
1〜10.57〜6010 10117140430
10〜34.34〜11018 16929740740
19〜63.53〜65.0413623 5221140530
26〜66.09139 23016230540
0〜3.02〜8.75 22416519150380
1〜10.07〜5910 9616540410
10〜34.23〜10117 10422240560
19〜51.93〜51.52116 19714230470
26〜54.1712020 014030470

 さまざまな食品に含まれるカルシウムの『真の吸収効率』を知るためには、それらの食品に含まれるカルシウムを放射線同位体でラベルし、ラベルされた食品を含む食事を被験者に摂取させ、体内に取り込まれた放射性のカルシウムの量を測定しなければならない。このような方法によって測定されたいくつかの食品に含まれるカルシウムの健康な成人における吸収効率を表2に示した(*7)。

【表2】放射線同位体を用いて測定したさまざまな食品に含まれる
カルシウムの吸収効率(平均値±標準偏差)
カルシウム源吸収効率(C/C)
全  乳26.7±7.9〜37.7±5.6
チョコレート牛乳23.2±5.6
ヨーグルト25.4±9.3
チーズ22.9±5.5
ケール(チリメンキャベツ)40.9±10.1
大豆(フィチン酸含有量が高いもの) 31.0±7.0
大豆(フィチン酸含有量が低いもの) 41.4±7.4
ほうれん草5.1±2.6

 これまで、乳・乳製品に含まれるカルシウムは特に吸収効率が高いとされてきたが、表2に示された結果を参照すると、いくつかの植物性食品に含まれるカルシウムは、乳・乳製品と同等かそれ以上の吸収効率を示すことがわかる。しかし、ほうれん草のようなシュウ酸含量の高い野菜に含まれるカルシウムの吸収効率は非常に低く、また、フィチン酸の含量の高い大豆に含まれるカルシウムの吸収効率は、低いものに含まれるカルシウムの吸収効率に比べてやや低い。

 『見かけの吸収効率』が『真の吸収効率』の約2/3であるとすると、必要量の算定に用いられた吸収効率はやや高めに見積もられているとの印象をうける。しかし、後述するように、カルシウム摂取量が低下すると、適応的に上昇することが知られているので、この値で問題はないとされている。また、成長期のカルシウム吸収効率としては、成人期よりも高い値が採用されているが、これはカルシウムの需要が高く、それに適応してカルシウムの吸収効率も高まっているためである。

【表3】日本人のカルシウム所要量
(1人1日当たり)
乳児期500mg500mg
1〜500500
10〜900700
19〜600600
26歳以上600600
妊娠期-+300
授乳期-+50

 現行の所要量(*1)は、このような方法で算定された必要量に安全率20%を見込んで性別、年齢階級別に設定されている(表3)。

 20%の安全率を見込んだということは、所要量が各性別、年齢階級別に想定された Reference Individuals の約90%の必要量を満たしうる摂取量であるということを意味している。

 妊娠中は、胎児の体内に蓄積されるカルシウムを、また、授乳中は、母乳に含まれて分泌されるカルシウムをまかなうため、妊婦と授乳婦のカルシウム必要量は、成人女性のそれよりも多いと考えられている。

 妊婦については、2000年における新生児の推計体重基準値と新生児の体内カルシウム含量から、胎児へのカルシウムの貯蓄量を計算し、これに成人女性の不可避的損失量をあわせて、1日に体内に取り入れなければならないカルシウムの量を求めている。妊娠中は需要の増加によって、カルシウムの吸収効率は適応的に上昇するので、『見かけの吸収効率』を40%とし、必要量は750mg/日と算定されている。

 授乳婦については、日本人の授乳の1日当たりの哺乳量と母乳中のカルシウム含量から、授乳婦が哺乳のために体内に取り入れなければならないカルシウムの量を求め、これに成人女性の不可避的損失量をあわせて、1日に体内に取り入れなければならないカルシウムの量を求めている。授乳婦も妊婦と同様に吸収効率が40%程度に上昇しているので、摂取必要量は920mg/日と算定されている(*1)。

 所要量は、必要量に20%の安全率を見込んで、妊婦の場合は900mg/日、授乳婦の場合は1,100mg/日とされている。いいかえれば、妊婦、授乳婦の所要量は成人女性の600mg/日のそれぞれ300mg、500mg増しということになる(*1)。この値を妊婦、授乳婦の付加量と呼んでいる。

3)性別、年齢階級別カルシウム所要量の国際比較

 このようにして設定されたわが国の性別、年齢階級別カルシウム所要量を米国のRDA(*2)および、英国のRNI(*3)と比較して表4に示した。

 わが国の所要量はRNIと大差はないが、RDAと比較するとかなり低いことがわかる。
特に19〜24歳の男女のわが国の所要量(600mg/日)は、米国のRDA(1,200mg/日)の1/2である。この大きな開きの原因の一つとしては、米国ではRDAの設定にあたって、19〜24歳の男女の不可避的損失として200〜250mg/日、また骨への蓄積量として140〜160mg/日と、わが国の所要量設定の場合よりも大きな値が用いられていることがあげられる。
RDAに対しては、19〜24歳の女性に対する値1,200mg/日が高く設定されすぎているという批判がある(*6)。

 また、RNIでは妊婦の所要量は19歳の女性の所要量と等しく、このことはわが国の所要量やRDAと大きく異なる点である。
英国では、妊婦のRNI設定にあたって、『妊娠3カ月までは骨のカルシウム含量の低下が認められるものの、吸収効率が大幅に上昇するために妊娠6カ月目には骨量の減少は回復される』という見地(*8)に基づいて、妊婦については付加量をもうけていない。

【表4】各国の性別年齢別カルシウム所要量
(mg/日)
年齢(歳)日本(1994) 米国(1988)英国(1991)
0〜0.5400 400525525
0.5〜1||600 600525525
1||
2|||| 350350
3||||
4||||
5500500 800800450450
6||||
7||||
8|||| 550550
9 ||||
10 ||||
11||
12|||| ||
13|||| ||
149007001,200 1,2001,000800
15|||| ||
16|||| ||
17|||| ||
18 ||
19〜24
25〜49600600 800800700700
50+ 800800|
妊婦 9001,200
授乳婦1,100 1,2001,250