カルシウム栄養指導の実際


江澤郁子
日本女子大学家政学部食物学科




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はじめに
1.栄養指導の目的
2.栄養指導の実際
1)食生活の実態把握
@食事調査による主な栄養素など摂取状況の把握
A問診表による栄養摂取頻度調査
B食生活の評価
2)栄養基準
3.栄養指導の効果
おわりに
参考文献


はじめに

 骨粗鬆症は今や、生活習慣病の一つに位置付けられるようになり、予防医学的観点からみても、一次予防のうえでの食生活の重要性が再認識されている。したがって、骨粗鬆症予防における栄養指導の実際では、まず、健康の基本である毎日の食事において不足しがちなカルシウムをはじめエネルギー、蛋白質など、栄養バランスのとれた食生活を心がけるよう指導することが重要である。
また、それに加え、対象者の健康状態とともに、対象者の栄養に関する意識や知識などについて実態を把握することも大切である。その結果、対象者に対する的確な栄養指導の実施が可能となり、その効果が期待できる。さらにその後の定期的な評価によって栄養指導の効果が判断できる。そして、個々の対象者に、より対応した適切な指導方法を選択し実践していくことがより重要である。

1.栄養指導の目的

 毎日の食事は、健康の基本であり、健康の維持・増進における基礎的な役割を担うものとして極めて重要である。特に骨は、コラーゲンを主体とする基質とカルシウムとリンを主体とする骨塩を主成分として形成されていることから、これら栄養素の不足は骨粗鬆症の大きな成因の一つといえる。さらに、これらのほかにもエネルギーおよび蛋白質、糖質、脂質をはじめビタミン、ミネラルなどのあらゆる栄養素が生命活動などに深く関わっており、必須のものである。

 栄養指導を通して、個々人が、自己の食生活をも含めた日常生活を見直すことによって、骨粗鬆症予防を図り、さらには適正な食習慣、適度な日常活動量等、バランスのとれた生活スタイルを築き、QOL( Quality of Life )の向上へと発展させることが最終の目標といえよう。

2.栄養指導の実際

 栄養指導を行う際は、対象者の健康状態とともに、その対象者の属性、日ごろの食生活状況を十分に把握した栄養評価、さらには対象者の栄養に関する意識や知識などについて実態を知ることが大切である。これらが、栄養指導のうえでの重要な情報源となり、対象者の食生活全般について診断し、評価することが可能となる。

1)食生活の実態把握

@食事調査による主な栄養素など摂取状況の把握

【図1】食事調査結果 あなたの栄養バランス

 留置法(食事記録法)による3日間の食事調査や、思い出し法による調査前24時間の食事の聞き取り調査(面接聞き取り法)などにより、対象者の栄養状態や食生活での問題点をチェックすることができる。

 具体的には、図1に示すように、1日当たりの主な栄養素等摂取量および充足率(各個人の栄養所要量(*1)に対する摂取量の割合)などから栄養バランスなど、日ごろの食事状況が判断可能となる。
さらには、偏食および欠食の傾向、1日摂取食品数などを詳細に把握することによって、対象者の食生活、食行動や食習慣を評価することが大切である。これら詳細な状況把握が個々に対した栄養指導の基本となる。

A問診表による栄養摂取頻度調査

 対象者の栄養状態を正確に把握する際、少なくとも前述のような3日間の食事調査を実施することが望ましいが、実際問題として外来患者などでは困難な場合が多い。
そこで、問診時に食品摂取頻度調査(図2)を行い、摂取頻度を点数化(毎日食べる=4点、週に3〜6回摂る=3点、週に1〜2回摂る=2点、ほとんど食べない=1点)して評価基準を設け、栄養状態をスコア化し評価する事によって、食生活を反映する一つの指標とすることができる。
われわれは、この食品摂取頻度調査によってスコア化した栄養評価と実際の主な栄養素等摂取状況と比較検討し、食品摂取頻度調査による栄養摂取総合評価の信頼性は高いという結果(*2)を得ている。

 特に、集団検診等における骨粗鬆症予防のための栄養指導の際の栄養状態の把握のための一つの指標として有効であると考えられる。

【図2】食品摂取頻度調査票

B食生活の評価

 @、Aのような項目をチェックすることにより、栄養摂取状況、食行動状況(食生活リズム)および食習慣などを診断し評価する必要がある。

 これらのことから、対象者の食生活状況を十分に把握したうえで個々に適した栄養指導を実施することが肝要である。

2)栄養基準

 骨粗鬆症における栄養指導において、カルシウムをはじめ、ビタミンD、蛋白質など各種栄養素の不足がないよう摂取し、バランスのとれた食生活および食習慣を身につけることが重要である。現在、日本におけるカルシウム所要量は、成人600mg/日、発育期の子どもでは年齢・性別により異なるが、500〜900mg/日、妊婦・授乳婦ではそれぞれ900mg/日および1,100mg/日であり、毎日の食事から必要量摂取することが必須である。

 しかし、わが国の食生活の現状は、国民栄養調査成績によると、主な栄養素が所要量を充足あるいは上回るなかで、カルシウムだけが所要量に届かず、不足状態にある。不足といえどもほぼ90%であるから問題ないようにみえるが、
図3に示すように、カルシウム摂取量の年次推移をみると、日本人にとっていかにカルシウムが摂りにくい栄養素であるかが納得できる。

 つまり、カルシウム摂取量は昭和25年にわずか270mgであったが、昭和45年には536mgと所要量600mgの89%まで改善したものの、その後25年余り経った今日においてもほとんど増加せず、90%台に留まっているのが実情である。この現状を十分に認識しておく必要がある。

【図3】カルシウム摂取量の年次推移(*6)
平均所要量1人1日当たり(平成9年国民栄養調査成績)

 また、牛乳・乳製品の摂取についても、昭和25年にはたった7gだったのが、昭和45年には79gと増加したものの、いまだに130gにすぎない。また平成6年の成績(*3)において、カルシウム摂取量が所要量の20%以上不足している世帯と所要量を充たしている世帯とでカルシウムの食品群別摂取構成を比較した結果(図4)によると、乳・乳製品、魚介類、豆類、緑黄色野菜に差が大きく認められている。

【図4】カルシウムの食品群別摂取構成
充足世帯(100%以上)と不足世帯(80%未満)との比較

 さらに懸念されるのは、平成6年国民栄養調査における1世帯の年齢別カルシウム摂取量である。

 これによると(図5)、19歳以下では328mgでその所要量の55%と最も少なく、20〜29歳、30〜39歳では、それぞれ68%、78%といずれも低値である。
これに対して40〜49歳、50〜59歳、60〜69歳では、それぞれ96%、107%、111%と、骨粗鬆症を意識しはじめている年齢で、むしろ積極的に摂るように心がけていることがわかる。
しかし70歳以上ともなると食も細くなり、身体の機能などの面からも摂取量はやや減少し、97%となっている。
特に高齢者においては腸管からのカルシウム吸収能も低下していることから、よりカルシウム不足になりがちである。

【図5】1人暮らしの人のカルシウム摂取量

 成人、老年期におけるカルシウム所要量は前述に示すように、600mg/日とされているが、折茂らの報告(*4)では、老年期における適切なカルシウム摂取量を検討したところ、カルシウム必要量は614mg/日であることがわかり、健常者では583±143.9mg/日、骨粗鬆症患者では645±150mg/日と、やや骨粗鬆症患者でカルシウム必要量が高く、また必要量から算出された所要量は850mg/日であったことから、日本人の高齢者ではカルシウム所要量は850mg/日が妥当ではないかとの成績が得られている。
したがって、カルシウムが不足しないよう必要量を毎日の食事から摂取することが必須であり、そのためには、カルシウムを多く含む食品を積極的に利用すること、1日のカルシウム所要量を充たす食構成および調理法を工夫することなど具体的指導が必要である。

 またビタミンDの所要量は0〜5歳および妊婦・授乳婦は400IU、その他は100IUとされている。さらに、十分な蛋白質の摂取、必要エネルギー量の確保なども重要である。

3.栄養指導の効果

 栄養指導を実施した際、最も重要なことは、指導効果を評価することである。われわれは主に女性を対象に、骨粗鬆症予防に対する食生活等生活習慣の影響について経時的観察を実施するなかで、栄養を含むフォローアップ指導をも行っている(*5)。対象は健常中高年女性で、月1回の骨粗鬆症予防のための運動教室に参加している運動群およびその対照として本症予防に対する指導を全く受けていない自然観察群の2群である。骨密度の1年間の経時的変化をみると、運動群は自然観察群に比べ、骨密度減少の抑制効果が認められた。
これら対象者の栄養状態を経時的にみてみると、自然観察群は1年後の食事調査の協力が得られず、はじめの半年の結果であるが、カルシウムおよび鉄は所要量を充たしておらず、ビタミンBおよびビタミンC以外のすべての栄養素が減少傾向を示した。一方、運動群においては、やはり自然観察群に比べ意識が高く、1年後の調査協力も得られ、初回のカルシウムのみが所要量を充たしていなかったが、その半年後、1年後と経時的にみると、ほとんどの栄養素は高値傾向を示し、十分量摂取されていた。

さらに、図6に示すように、骨粗鬆症に関わる重要な栄養因子の一つであるカルシウム摂取状況について年代別に詳細に検討したところ、
50歳代では自然観察群、運動群ともに初回は所要量を充たしておらず、特に自然観察群は初回に比べ、半年後は有意な低値を示し、カルシウム不足の食生活は改善どころか悪化している状況が推察された。一方、運動群は充足されてはいないものの、初回に比べ、半年後および1年後には高値傾向を示した。
60歳代においては、自然観察群は有意差はつかなかったものの、50歳代と同様に減少傾向を示したが、運動群は初回では充足していなかったものの、半年後、1年後は所要量に達し、特に1年後は初回に比べ有意な高値が認められた。
【図6】カルシウムの充足率
対象者のカルシウム所要量(平均600mg)に対する1日当たりのカルシウム摂取量を割合(充足率%)で比較したもの。

 これらのことから、骨粗鬆症予防のための運動教室に参加し、運動を1年間継続して実践することによって、腰椎骨密度の維持あるいは減少の抑制が明らかとなり、さらには食生活の改善効果が認められた。
したがって、日常生活のなかで骨粗鬆症の予防が図られるような、個々に適した栄養指導および個々に適した運動を継続的に実践するよう指導することは、骨量減少の抑制のみなず、生活習慣や食生活および健康に対する意識の改善、つまり個々のQOLの維持・向上にも効果的であると考えられる。
また、骨粗鬆症予防のための栄養指導などの保健指導および生活指導、さらには健康教育などは1回だけに終わらず継続的な指導の実線が、より効果的かつ重要であり、このことは骨粗鬆症予防対策を立てる際に、最も考慮すべき点であろう。

おわりに

 栄養指導を実践することは、個々の患者が自己の実際の食生活を見直し、栄養素のバランスのとれた食生活を心がける姿勢を身につけることが期待できる。そして、この適正な規則正しい食生活の習慣化こそが骨粗鬆症の予防、さらには健康管理につながるものといえる。

 骨粗鬆症予防を通して、運動・栄養・休養のバランスのとれた生活スタイルを築き、Health からwellnesそしてQOLの向上へと発展させることが大切であり、そのための栄養指導、生活指導、保健指導の重要性を認識しておくことが大切であろう。

参考文献

(*1)第五次改訂日本人の栄養所要量:厚生省保健医療局健康増進栄養課監修。第一出版,1994
(*2)塚原典子、江澤郁子ほか:骨粗鬆症予防のための栄養指導−大規模調査における骨塩量および栄養状態の把握−。予防医学ジャーナル 292:8-18,1994
(*3)平成8年版国民栄養の現状:厚生省保健医療局健康増進栄養課監修。第一出版,1996
(*4)折茂 肇:骨粗鬆症の最近の話題. Osteoporosis Lapan 2(3):161-172,1994
(*5)塚原典子、関口秀隆、山本智章、谷澤龍彦、高橋英明、江澤郁子:骨粗鬆症予防教室における中高年女性の骨密度および食生活の経時的観察。第一回骨ドック・検診研究会記録集, p40-41,1995
(*6)平成9年国民栄養調査結果の概要:厚生省保健医療局生活習慣病対策室栄養調査係, 1998.11