カルシウム、その基礎・臨床・栄養

〜〜〜 序 文 〜〜〜


 カルシウムとは誠に不思議な物質である。生体の機能は多くの活性物質によりコントロールされているが、その中で最も重要な役割を演じているのがカルシウムであるといっても過言ではない。カルシウムは細胞内の情報伝達機構において中心的な役割を演じており、生命の維持に必須な種々の機能を調節している。

 受精による卵子へのカルシウム流入により受精卵の分裂と増殖が起こること、細胞死が細胞内カルシウムの増加により惹起される等の事実はカルシウムが生命の根源にかかわる現象に深く関与している事を示している。
さらにまたカルシウムはマクロファージや白血球の遊走、貧食機能、サイトカインの分泌をコントロールすることにより生体の免疫機能の調節にかかわっており、その他筋肉の収縮、弛緩、ホルモンの分泌及び作用、血液凝固等の生命の維持に必須の機能にも関与している。

 このような重要な生理作用はいずれも細胞内の極めて微量な遊離カルシウムの変化によりコントロールされている。
細胞内液遊離カルシウムの濃度は約10の-7乗Mで、細胞外液のそれは約10の-3乗Mで1万分の1濃度勾配がある。
生体では細胞内の遊離カルシウムの濃度を低く維持するために細胞膜が発達しており、細胞膜には細胞外から細胞内へのカルシウムの流入を調節するCaチャネル、細胞内カルシウムを細胞外に汲み出すCaポンプ、Naと交換にCaを汲み出すCa+/Na+交換ポンプがあり、細胞内のカルシウム濃度をコントロールしている。
さらにまた細胞内には細胞内に入ったカルシウムがカルシウム結合蛋白と速やかに結合するとともにミトコンドリアに取り込まれ、貯蔵される機構が存在している。
生体の細胞はこのような機構を介して細胞内カルシウムのホメオスターシスを維持しており、これらの機構の障害により種々の疾患が発症すると考えられている。

 細胞内カルシウムのホメオスターシスを維持するためには細胞外カルシウム濃度を一定に維持する必要があり、生体においてはそのためのカルシウム代謝ホルモンによる調節機構が備わっている。

 海水中に生息している生物では絶えず過剰のカルシウムが生体内に侵入する危険性にさらされており、カルシトニンがその防御機構において中心的な役割を演じている。
カルシトニンは魚類では鰓からのカルシウム排泄を促進するとともに、細胞外から細胞内へのカルシウム流入を防止する事により、細胞内カルシウム濃度を一定に保つ働きをしている、
一方陸上に生息している鳥類および哺乳類の生物ではカルシウム不足に陥る危険性に常にさらされており、そのためカルシウムを貯える事が必要となりカルシウムの貯蔵庫として骨組織が発達し、さらにまた細胞外液へのカルシウム流出を促進する作用のある副甲状腺ホルモン、ビタミンD等が血清カルシウムのホメオスターシス維持に中心的な役割を演じている。

 このようにカルシウムはまさに”自然の神秘”を代表する不思議な物質であり、カルシウムをめぐる諸問題は大変魅力のある研究課題である。本書は”カルシウム研究の全て”ともいうべきもので最近の研究成果を網羅しており、カルシウム研究の醍醐味を満喫できるものである。

1999年3月:東京都老人医療センター院長・折茂 肇