歯とカルシウム

鈴木不二男:大阪大学名誉教授

はじめに

 咀嚼機能に加えて発音、言語機能をも営む歯は石灰化組織であるエナメル質、象牙質および セメント質と、非石灰化組織である歯髄から成り立っている。
石灰化組織の硬さはこの組織を構成する細胞によって産生された有機性高分子の中にリン酸カルシウムが沈着していることによっている。

 本章では歯とカルシウムとの関係を中心として歯の成り立ち、歯の構造と機能、歯の形成機構について概説を試みたい。


1.人体を構成する元素および人体組織におけるカルシウム、リン、マグネシウムの分布
2.歯の進化
1)歯の交換 - 乳歯、代生歯および永久歯
3.歯の構造と組成(*3,4)
1)エナメル質 2)象 牙 質
3)セメント質と歯根膜4)歯  髄
5)リン酸カルシウムの存在様式、ヒドロキシアパタイト結晶
4.歯の形成機構(*5,6)
1)歯胚の発生 2)象牙質の形成
3)エナメル質の形成 4)セメント質の形成
5)歯の形成を調節する遺伝子群 6)石灰化機構
参考文献

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1.人体を構成する元素および人体組織におけるカルシウム、リン、マグネシウムの分布

 表1は、成人中に含まれる構成元素を多い順に並べたものである(*1,2)

【表1】人体を構成する元素の組成(*2)
元 素体重70kgの男性に
含まれる量(g)
酸 素65.045,500
炭 素18.012,600
水 素10.07,000
窒 素3.02,100
カルシウム1.91,300
リ ン1.0700
カリウム0.35245
硫 黄0.25175
ナトリウム0.15105
塩 素0.15105
マグネシウム0.0427

 カルシウム含量は第5位、リン含量は第6位であり、体重70kgの成人では約1,3kgのカルシウムおよび700gのリンが含まれている。

しかし体内水分を構成する酸素と水素を除けば、カルシウムおよびリンの含量は炭素、窒素に次いで第3位および第4位を占めており、それぞれ体重の約2%および1%に達する。
ちなみに人体を構成する元素と海水中の元素を比較すると両者はよく似ており、生命が海から誕生した長い進化の過程を端的に表しているといえる。
ただし、海水中にはマグネシウムが多く含まれているのに反して含量は少ないが、人体では逆にマグネシウムよりもリンを多く含む点が異なる。すなわち生体系ではリン酸エステルの形で種々の代謝が営まれるほか、リン酸は核酸の重要な構成成分ともなっている。

 胎生期初期のカルシウム含量は体重(脂肪を除く)当たり0.1〜0.2%にすぎないが、成人に達すると2.2%に上昇する。これを絶対値で表すと出生時には20〜30gであったものが成熟して体重70kg(脂肪を除くと60kg)に達すると1,300gとなる(*1)。体内のほとんどのカルシウムは、体重当たり10〜15%に及ぶ骨格中に存在する。

 成人骨格湿重量当たりカルシウムは21〜22%、リンは10〜11%である。一方、軟組織中のカルシウム含量はkg湿重量当たり50〜200mg、すなわち体重の0.01%、総量7gである。
細胞外カルシウム含量はほとんど血漿中の濃度(100g/dl)に相当し体重当たりでは0.015%、絶対量は1gである。したがって体重70kgの成人で8gのカルシウムが軟組織および体液中に存在する、一方、歯には7gのカルシウムが存在し、残りはすべて骨格に存在する(表2)(*1)。


【表2】体重70kgの成人男性各器官に含まれるカルシウム、リン、およびマグネシウムの分布


器 官カルシウム
含 量
骨 格1,300g99
7g0.6
軟組織7g0.6
血 漿350mg0.03
血管以外の
体液成分
700mg0.06
総含量約1,300g
器 官リン
含量
骨 格600g8.5
3g0.4
軟組織100g14
血 液2g0.3
血管以外の
体液成分
0.2g0.03
総含量約700g
器 官マグネシウム
含 量
骨 格14g57
軟組織12g40
血管以外の
体液成分
170mg0.5
血 漿60mg0.2
赤血球130mg0.4
総含量約27g

2.歯の進化

 歯は脊椎動物に至ってはじめて出現した硬組織を主体とする咀嚼器官であり、消化器官の冒頭に位置する顎骨に植立している。しかし、脊椎動物の中でも最も下等な無顎類の歯は象牙質をもたず表皮が角質化したものである(角質歯)。軟骨魚類(板鰓類)に進化すると体表に『たてうろこ』と呼ばれる小歯状の突起が密生してくるが、これは真皮中に基底板があり、その中央から突起が体表に出たものである。この突起の内部には髄腔があり、これを囲んで象牙質、さらに外表にはエナメル質が存在するので、『たてうろこ』は哺乳類の歯の起源とされている。

 爬虫類以下の歯の形態はすべて扁平な三角錐または円錐であるが(同形歯性)、哺乳類になると歯の形態は存在する部位と機能により切歯、犬歯、大臼歯、小臼歯などの区別が生ずる(異形歯性)。また同一部位において歯が生える回数は、爬虫類以下のように十数回に及ぶもの(多生歯性)から、哺乳類のように2回(二生歯性)または1回に限られるうに変化した。

 さらに、歯が顎骨に結合する仕組みも爬虫類から哺乳類に進化するにつれて大きな変化がみられた。すなわち、爬虫類以下では線維性結合であったものが、魚類および爬虫類では骨性結合となり、哺乳類になると歯根が生じ、これがセメント質を介して顎骨の歯槽と呼ばれる穴の中に埋め込まれて固定されるようになった(槽生または釘植)。

1)歯の交換 - 乳歯、代生歯および永久歯

 ヒトの歯には上下左右に5本ずつ、合計20本の乳歯と、これに代わる20本の代生歯、さらに6〜20歳ごろにかけて乳歯の後端に加わる上下左右に3本ずつ、合計12本の台臼歯がある。以上、総計32本の永久歯があるが、乳歯が抜け落ちて代生歯が生えることを歯の交換と呼ぶ(*3)。
胎生期から生後にかけてゆるやかに発育した代生歯は、乳歯の内側に存在し、顎骨の成長に伴って骨の内側深くに位置する。代生歯が成長するにつれてその歯冠は顎骨の表面に出てきて乳歯の歯根が吸収され、脱落するとともに代生歯が萌出するに至る。すなわち歯の交換は顎骨の成長と密接な関連がある。
完成した歯はその後、成長することはないが、骨はその後も成長を続けるので両者の成長の不調和を修復するために歯の交換という現象が起こり、小さい乳歯が大きい永久歯に置き換えられる。しかし顎骨はさらに成長するので、3本の大臼歯を数年毎に1本ずつ、歯列の後端に追加していく仕組みになっている(*2)。

3.歯の構造と組成(*3,4)
【図1】歯の縦断面図

 図1は、歯の縦断面図である。

歯の内部には歯髄腔と呼ばれる空洞があり、この中には歯髄が詰まっている。
また、歯根側の歯髄腔の先にある根尖孔を通じて血管や神経が歯髄腔の周囲には象牙質と呼ばれる硬い組織があり、さらにその周囲の歯冠側には最も硬いエナメル質が、歯根側にはセメント質が取り囲んでいる。

 象牙質やエナメル質の硬さは有機性高分子基質の中にリン酸カルシウムが多量に沈着し石灰化しているためである。

 歯の構成成分を比較したのが表3である。エナメル質がいかに高度に石灰化されているかが理解されよう。

【表3】歯と骨の構成成分
エナメル質象牙質セメント質
無機質97%69%65%50%
有機質1202335
2111215

 各々の歯根は顎の骨に存在する歯槽と呼ばれる穴に歯根膜を介してはまり込んでいる。歯根膜の線維の一端はセメント質の中に、ほかの一端は顎骨に入り込んでいるので、歯は歯根膜の線維により歯槽とつながっている。すなわち、歯根膜は顎骨と歯のショックアブソーバーの役割を果たしている。また歯冠以外の外側は歯肉により覆われているので、歯が顎にさらに強く固定されている。したがって哺乳類ではいわゆる槽生であるが、ほかの脊椎動物では骨生癒着が普通である。

1)エナメル質
【図2】歯の縦断面図
外胚葉由来のエナメル質は、エナメル小柱と呼ばれる直径3〜5μmの細長い線維が5〜13x10本も集まった束状の構造となっている(図2)。

 96〜97%以上が無機物から成るエナメル小柱の周囲には、有機性高分子物質、エナメリンなどで充たされており、無数のエナメル小柱どうしが結ばれている。
形成初期のエナメル質にはエナメリンのほかアメロジェニンなども含まれており、その総蛋白量は20〜30%を占めているが、完成されたエナメル質の石灰化度は98%にも達し、有機成分は極めて微量しか存在しない。哺乳類以外の脊椎動物のエナメル質には小柱構造はみられない。

2)象 牙 質

 中胚葉由来の象牙質には、歯髄腔の中心に向かって放射状に延びている象牙細管(直径数μm)が存在する(図3)。

 この細管の中には象牙線維が詰まっているが、この線維は歯髄の表面に並んでいる象牙芽細胞の突起にほかならない。細管の周囲はリン酸カルシウムが沈着した基質で充たされている。
象牙質には約18%の蛋白質を含み、その主成分はT型コラーゲンである。そのほか非コラーゲン性蛋白質の60%を占めるホスホホリンと呼ばれるリン蛋白質がある。この蛋白質の特徴は、全アミノ酸残基の75%以上がセリンとアスパラギン酸で占められており、そのセリン残基がリン酸化されている。このリン酸残基とアスパラギン酸残基にCa2+が結合する。

【図3】象牙質の構造

 その他、象牙質にはγ-カルボキシグルタミン酸を含むオステオカルシンのほかオステオネクチンやプロテオグリカンなどが含まれている。

3)セメント質と歯根膜

 象牙質と同じく中胚葉由来のセメント質は歯根の外側を覆っている薄くて硬い組織であり、骨と同様に基質と細胞から成り立っているが、この組織には外面を覆う歯根膜の線維がシャーピー線維により束状となって入り込んでいる。その束のほかの端は歯槽骨の中に入り込んでいるので歯が歯槽骨に強固に結合している。
すなわち、歯根膜は歯根の表面に存在するセメント質と歯槽骨を結ぶコラーゲンを主体とする線維性の結合組織である。なお哺乳類以外の脊椎動物にはセメント質や歯根膜は存在しない。
セメント質の硬度は象牙質や骨とほぼ同様であり、約65%の無機質と35%の有機性高分子から成るが、その組成は骨に最もよく似ている。主たる蛋白質はコラーゲンでありT型のほかV型コラーゲンも含む。

4)歯  髄

 歯髄は象牙質で囲まれた歯髄腔を充たしている血管性の結合組織であり、中胚葉由来の歯乳頭より形成された非石灰化組織である。この組織を構成する細胞は、線維芽細胞、大食細胞、リンパ球などであり、蛋白質としては、T型およびV型コラーゲン、エラスチンなど、酵素としては、アルカリホスファターゼ、カルシウム依存性ATPasc、蛋白質分解酵素などが存在する。その他、糖質や脂質も含まれている。
さらに歯髄cAMPは象牙質の石灰化の調節に関与しているほか、神経伝達物質の一種であるsubstatancePは血流の調節に、鎮痛性ペプチドであるオピオイドペプチドは、疼痛に対する防御機構の一翼を担っている。なおカルシウムやリンなど無機物も含まれている。

5)リン酸カルシウムの存在様式、ヒドロキシアパタイト結晶

 エナメル質におけるリン酸カルシウムはすべてヒドロキシアパタイト結晶[Ca10(PO4)6(OH)2]であるが、象牙質では骨とよく似ており、65〜75%がヒドロキシアパタイト結晶として、残りは無定型リン酸カルシウムとして存在している(表4)。

【表4】歯と骨のリン酸カルシウム
Ca/P*構 成 比
ヒドロキシアパタイト結晶不定形
エナメル質2.081000
象牙質2.076535
-7030
*重量比

 エナメル質と象牙質におけるCa/Pの重量比はそれぞれ2.08と2.07であり、純粋なヒドロキシアパタイトのCa/Pの理論値(モル比=10/6=1.67,重量比=10x40.08/6x30.97=2.15)よりも低い。

 ヒドロキシアパタイトの結晶を形成している最小単位は六角形を呈している。ヒドロキシアパタイト結晶は、水と接触すると結晶の周囲に水が引き付けられて水和殻を形成する。水和殻に含まれるイオンは結晶の表面に吸着し、イオン吸着層を形成する。ヒドロキシアパタイト結晶内のCa2+は、他のCa2+のほかNa+,Mg2+,Sr2+, H2O+などと,PO43-は他のPO43-や CO32-と、OH-は,F-,Cl- ,CO32-とそれぞれイオン交換を行うことができる。