3.小腸におけるカルシウムの輸送機構

 小腸におけるカルシウムの吸収は小腸上皮細胞を介して、カルシウムが腸管腔から血中へ移行する現象である。小腸上皮細胞は均一な細胞膜を有する肝細胞などとは異なり、食物に接する腸管腔側の膜と血管側に面する膜は全く異なる性質を有している。したがって、小腸上皮細胞を通過するカルシウムの移動は、以下の3つのステップに分けて考えることができる。
すなわち、
@刷子縁膜( brush border membrane : BB )を横切る細胞内へのカルシウムの流入、
A刷子縁膜側から、漿膜側への細胞質内のカルシウムの移動、そして
B漿膜( basolateral membrane : BL )を横切り、細胞外へのカルシウムの排出である(図4)。

 1α,25(OH)23に依存するカルシウムの輸送機構を明らかにすることは、上述の3つの過程での現象を分子レベルで説明し、それらを統合し、最終的にベクトルとしてカルシウムの流れを細胞レベルで説明することである。
しかし、現在までに得られている実験結果は断片的であり、全過程を最終的に理解するにはほど遠い状態である。

【図4】小腸上皮細胞における
1α,25(OH)23に依存するカルシウム輸送の概念図

1)刷子縁膜におけるカルシウムの取り込み

 刷子縁膜( BB )を横切るカルシウム輸送を研究するために、ニワトリおよびラットから膜小胞を調製し、膜小胞によるカルシウム取り込み活性の測定が試みられている。
BBでのカルシウム取り込みは、
@受動的であること、
A外液のカルシウム濃度が一定値に達すると飽和現象を示すこと、
Bその輸送担体とカルシウムとの親和性は10M程度であること、
C1α,25(OH)23に依存して親和性は変化しないが、輸送速度が増加すること
がすでに明きらかにされている。

 また、試験管内の実験ではあるが Rasmussen らは、脂肪酸の添加によりBBへのカルシウム取り込みが亢進することから、BBでのカルシウムの取り込みは細胞膜中の脂質の構造変化によって調節されているという仮説 ( Liponomic control 説)を提唱している。
しかし、1α,25(OH)23が小腸上皮細胞中のリン脂質の組成を変化させることから、BBの流動性などが調べられたが1α,25(OH)23に依存するカルシウムの取り込みを説明できるような変化はまだ確認されていない。

2)細胞内におけるカルシウムの輸送

 小腸において、1α,25(OH)23に依存して合成される蛋白質として、最初に発見されたのはカルビンデイン(ビタミンD依存性カルシウム結合蛋白質:CaBP)である。
小腸のカルビンデインは、分子サイズのうえから28,000(カルビンデイン:D28K)のものと9,000(カルビンデイン:D9K)のものとの2種類が知られている。
ニワトリのカルビンデインは分子量28,000のCaBPであるが、哺乳類の小腸からは9,000の分子量のCaBPが、脳ならびに腎臓からは28,000のCaBPが分離・精製されている。

 これらのカルビンデインの遺伝子構造が現在では明らかになっており、カルビンデインの遺伝子にはビタミンD応答配列(VDRE)の存在も報告されている。したがって、1α,25(OH)23にによるカルビンデインの合成促進は、ビタミンD受容体がVDREに結合して遺伝子の転写を促進させて蛋白質が合成されるという機序による。

 カルビンデインの生理作用については、発見者の一人である Taylor らは当初カルビンデインが小腸粘膜上皮の刷子縁膜に存在することを蛍光抗体法によって調べた結果から、カルシウム吸収の本体と考えていたが、その後 Morrissey らが酵素抗体法によって調べた結果、カルビンデインは細胞質に存在すると主張した。この論争は、1981年、 Taylor が従来用いてきた方法で行ったカルビンデインの局在が標本作製時に水が存在したことにより誤った結論を導き出したことを認め、カルビンデインは細胞質に存在する蛋白質であることに決着がついた。

 カルビンデインの細胞内局在性の訂正に加え、ビタミンD欠乏動物に1α,25(OH)23を投与することによって誘起される小腸のCa輸送の亢進が、時間的にカルビンデインの出現に先行して起こるという実験事実が加わり、少なくとも1α,25(OH)23投与初期に起こるカルシウム吸収へのカルビンデインの関与は否定的といわざるを得ない。

また、カルビンデインの合成はカルシウム吸収能力の低い絨毛基底部の細胞ではじまり、それより遅れて絨毛先端部の細胞でカルビンデインの合成が起こるなどの矛盾が次々に報告された(図5)。

 これらの実験結果から、現在では、刷子縁膜( BB )におけるカルシウム吸収が亢進すると細胞内のカルシウムイオン濃度(通常は10−6M程度)が上昇するので、カルビンデインは細胞内のカルシウムホメオスタシスを維持するためのカルシウム緩衝剤として働くという考えが支配的となっている(分子量28,000のカルビンデインは4原子、9,000は2原子のカルシウムを結合する)。

 これらの実験結果から、現在では、刷子縁膜( BB )におけるカルシウム吸収が亢進すると細胞内のカルシウムイオン濃度(通常は10−6M程度)が上昇するので、カルビンデインは細胞内のカルシウムホメオスタシスを維持するためのカルシウム緩衝剤として働くという考えが支配的となっている(分子量28,000のカルビンデインは4原子、9,000は2原子のカルシウムを結合する)。

【図5】小腸絨毛の模式図と
1α,25(OH)23の作用点

 これらの実験結果から、現在では、刷子縁膜( BB )におけるカルシウム吸収が亢進すると細胞内のカルシウムイオン濃度(通常は10−6M程度)が上昇するので、カルビンデインは細胞内のカルシウムホメオスタシスを維持するためのカルシウム緩衝剤として働くという考えが支配的となっている(分子量28,000のカルビンデインは4原子、9,000は2原子のカルシウムを結合する)。

 また、 Fuher らはカルビンデインを両端が半透過性膜で閉鎖された容器に入れて、カルシウムの輸送速度をカルビンデインを加えていない場合と比較してみたところ、カルビンデインの添加によって容器内の輸送速度が高まることをみいだした。この結果から、カルビンデインはカルシウムの細胞内における拡散の促進に関与することを提唱している。

 カルビンデイン以外に1α,25(OH)23に依存して合成される蛋白質として、 Wilson と Lawson は、小腸の絨毛部から2種類の蛋白質を単離し、これらの蛋白の出現がカルビンデインよりも早くみいだされることを報告したが、これらの蛋白質の本体もカルシウム吸収との関係も明らかでない。

 一方、細胞内の物質の輸送系として、ライソゾーム(細胞内小器官の一つ)を介したエンドサイトーシス、エキソサイトーシスの機構があることは従来より知られていた。この考えを小腸のカルシウム輸送に適用し、研究を進めているのが Norman のグループである。
小腸上皮細胞はエンドサイトーシスにより腸管腔のカルシウムを細胞内に取り込み、カルシウムを含む小胞は次にライソゾームと融合して細胞内を移動し、漿膜においてエキソサイトーシスの機構により、カルシウムを細胞外に排出するというのである。はたして、ライソゾームが多量のカルシウムを取り込みうるのか、また、ライソゾームの阻害剤は特異的にカルシウム吸収を抑制するのかなど、多くの問題があるが、将来への発展が期待される仮説である。

3)漿膜を横切るカルシウムの輸送

 カルシウムを細胞外に排出する機構として最も重要な役割を果たしている分子は、漿膜に局在するCa2+、Mg2+−ATPascである(図4)。この分子は、アデノシン三リン酸(ATP)が加水分解される際に放出される化学エネルギーを利用し、負の濃度勾配にあるカルシウム(細胞内は10−6Mであるのに対し、血液は10−3Mと1,000倍高い)を細胞外に輸送するカルシウムポンプ( Ca-pump )である。

 漿膜から調製した膜小胞(漿膜小胞:BL)を用いて、1α,25(OH)23に依存したカルシウムの取り込みを調べてみると、次のような変化が観察される。
@Ca-pump活性は1α,25(OH)23により上昇し、
A同時にCa2+−ATPasc活性も上昇する(図6)。
B1α,25(OH)23によるCa-pump活性の上昇の経時的変化は、カルシウム吸収の亢進のそれとよく一致する。
Cニワトリでは1α,25(OH)23によるカルシウム吸収の亢進が、小腸上部、中部および下部の全部位にわたり観察されるが、それに並行して上昇するのは刷子縁膜(BB)におけるカルシウムの取り込みではなく、漿膜(BL)におけるカルシウムの排出である。
【図6】小腸のカルシウム吸収(A)、刷子縁膜(B)並びに漿膜(C)におれるカルシウムの取り込み活性に対する1α,25(OH)23の効果
1α,25(OH)23(625ng)は実験開始6時間前にニワトリの翼静脈内に投与した。
灰色はコントロール、黒色は1α,25(OH)23投与群。
BBにおける小胞は right side out に調製されるのに対し、BLにおける小胞は inside out に調製されるので、それぞれのカルシウムの取り込みはBBではカルシウムの取り込み、BLではカルシウムの排出を意味する。

 最近、カルビンデインの発見者である Wasserman らは、赤血球のCa-pumpを抗原として調製したモノクローナル抗体を用いて、ニワトリの漿膜のCa-pumpをウエスタンプロット法ならびに免疫組織染色により検討した。その結果、赤血球のCa-pumpの抗体と交差する小腸Ca-pumpは十二指腸、空腸、ならびに回腸の漿膜に存在することが明らかになった。
また、漿膜のCa-pumpはD欠乏のニワトリヒナに1α,25(OH)23を投与するか、ヒナを低カルシウムあるいは低リン食で飼育することによって発現の増加が起こった。
また、小腸BLのCa-pumpのmRNAの発現は1α,25(OH)23によって調製されていることが、ラットの脳より得たCa2+−ATPascのcDNAを用いて明らかにされた。
これらの結果は、小腸のCa-pumpの抗体あるいはその蛋白質をコードするmRNAから調製されたcDNAによるものでないため、今後、小腸よりCa-pumpが精製され、そのcDNAあるいはゲノムの解析がされること、それを用いての詳細な1α,25(OH)23による調節機序の解明が望まれるが、小腸に対する1α,25(OH)23の作用を説明する実験成績として注目されている。

4.カルシウム吸収を高める方法について

 ビタミンDが小腸のカルシウム吸収に必須の因子であること、ならびにその促進がどのような機序で起こっているかを現在までに得られている知見を述べてきた。しかし、多くのことが未解決で残っている。
腸管から吸収できるカルシウムはイオンの形で存在するカルシウムのみである。食物より摂取するカルシウムは必ずしもイオンの形でなく、化合物(塩)の形である場合が多い。しかし、食物が胃で消化される際胃液が強酸性であることからすべてのカルシウムは一次的にイオンの形になる。
しかし、十二指腸に移動して吸収される時点では、膵液の分泌によって弱酸性から中性域になり、カルシウムイオンは塩を形成するようになる。したがって、消化管の中で、いかにカルシウムをイオンのままで保つかの工夫も吸収効率を高めるためには非常に重要なことである。

 近年、長期保存可能な食品が出回るようになり比較的リン含量の高い食品を摂る機会が増えている。また、健康ならびにダイエットの側面からも食物性繊維を好む若者が増える傾向にある。しかし、これらの食品も腸管カルシウムの吸収効率の面から考えるといくつかの問題点があるので説明することにする。

 すでに述べたごとく腸管からカルシウムが吸収されるためにはカルシウムがイオンの形で存在することが必須である。

図7Aは塩化カルシウムを人工腸液に溶解した溶液の状態を示しているが、カルシウムはイオンとして存在し透明な状態にある。このような状態が長く続くことが最も腸管吸収には好ましいが、長期保存食品に比較的多く含まれるといわれるリン酸を溶液に添加するとカルシウムとリン酸の化合物が形成され白色の不溶性カルシウム塩が形成されることがわかる(図7B)。
このように塩となったカルシウムはもはや腸管からは吸収されなくなることから、いくら多くのカルシウムを摂ったからといっても吸収されないまま排泄されることになる。
一方、緑黄色野菜を多く摂ることは健康面から非常に好ましいことであるが、野菜に含まれるアクの成分であるシュウ酸もカルシウム吸収には大敵である。
【図7】カルシウムのイオン化と
リン酸ならびにシュウ酸の関係

図7Cは図7Aのカルシウム溶液にシュウ酸溶液を添加した場合であるが、リン酸を加えた場合と同様に、白色の不溶性化合物が形成されていることがわかっている。 したがって、アクが出る緑黄色野菜を摂るときは、ぜひアク抜きをして料理に用いるよう心掛けてほしい。

 しかし、繊維性食品はアクを含む悪い面ばかりもっているのではなく、蛋白性食品を摂った場合に比べカルシウムのイオン化が高くなる可能性を示すデータもある。
この機序は明らかではないが、種々の繊維性化合物を実験的にラットに与え腸管の欠く部位におけるpHを測定した結果、特に下部の小腸ならびに大腸におけるpHが蛋白質を主として採取させた群に比べ酸性度が高まっていることから、カルシウムのイオン化が亢進していると考えられる。

 カルシウムのイオン化を高める方法については腸管内のpHを下げて酸性側にすること、リン酸を多量に含む食品を摂ることを避けるなどの注意で高めることは可能だが、全くゼロにすることは、栄養の面から不可能である。それではカルシウムをイオンとして保つためにはどのような注意を払えばよいのであろうか。

 ビタミンDが腸管からのカルシウム吸収に必須の因子であることはすでに述べたが、授乳期の幼児のカルシウム吸収はビタミンDに依存していないことが知られている。
この時期の小腸は細胞と細胞の間に隙間があり、低分子の蛋白質や糖類が自由に通過できる状態にあるためである。実際、ラットの成長過程における腸管のVDRの出現を調べた結果からも、離乳直後より腸管にVDRの出現がみられたとの報告から、ビタミンDは食物からのカルシウムの摂取に関与することが明白かと思われる。

 では、授乳期はどのようにしてカルシウムを取り込んでいるのだろうか。
この時期のカルシウムは、ミルク中に含まれる乳糖がカルシウムを結合して糖とともに吸収されていると考えられている。
また、低分子の蛋白質も細胞間隙を通って吸収されることから、ミルクの主要蛋白質であるカゼインが関与していることも考えられる。図7で行ったカルシウムとリン酸の結合実験を使って、カゼインの効果を調べてみると、人工腸液中で形成されるリン酸カルシウムの白色化合物がカゼインの添加によって抑制され、この抑制効果はカゼインの分解産物であるカゼインホスホペプチド(CPP)と呼ばれる物質がカルシウムをイオンのまま弱く結合することによって起こることが示されている。

おわりに

 本章では腸管におけるカルシウム吸収の仕組みを現在までに明らかになっている点を中心に述べてきた。しかし、未だ腸管におけるカルシウムの吸収機構については解明されていないことが多く残っている。今後、ビタミンDによる腸管カルシウム吸収機構の全容が分子レベルで解明され、ますます高齢化社会が進行していく将来に向かって、カルシウム・バランスをポジティブにする治療・予防法が早期確立されることを期待する。