2.骨格系を構成する細胞群の分化とその調節

 骨格は骨・軟骨組織を中心に構成されているが、機能的な面からみると筋肉、骨髄、腱、靱帯なども重要な骨格系の構成要素と考えられる。また、骨格の形成過程では、骨・軟骨組織は周囲の筋肉、骨髄間質細胞(脂肪細胞を含む)、靱帯などと密接な関連をもちながら形成される。そのため、骨格の形成過程を理解するには、骨を形成する骨芽細胞だけでなく、ほかの細胞群の分化過程も理解しておくことが重要である。
われわれは、この点に着目して、種々の培養細胞を用いて骨格系を構成する骨芽細胞、軟骨細胞、筋肉、骨髄間質細胞などの分化の調節機構を検索し、これらの細胞系への分化過程での骨形成因子( Bone morphogenetic protein :BMP)の役割を解析してきた。ここでは、われわれの研究成果も含めて、間葉系細胞の分化過程におけるBMPの役割を概説したい。

1)骨形成因子(*21)

 1965年、米国の整形外科医 Urist は塩酸で脱灰した骨基質をラットの皮下に移植すると同部に異所性の骨形成が誘導されることを明らかにし、1971年にはこのような活性を有する骨基質中の蛋白性因子を Bone morphogenetic protein (BMP)と命名した。
その後、多くの研究者によりBMPの精製が試みられたが、その本体は長い間、不明であった。そして、1988年に Genetics Institute 社の Wozney らは4種類のヒトのBMPの cDNAのクローニングに成功し、BMPの構造がはじめて明らかとなった。その結果、BMPは1種類ではなく、類似した構造体が数種類あることが示された。
その後の研究により、現在までに最低13種類のBMPの cDNAがクローニングされBMP-1 以外のBMPはすべてTGF-βスーパーファミリーに属することが明らかにされている(図3)。

 さらに数種類の遺伝子組み替えBMPが作製され、それらが骨形成能を有することも示されており、臨床応用が期待されている。しかし、異所性骨形成能を指標としてその本体が追究されてきたBMPは、皮肉なことに骨組織以外の多くの組織でも発現しており、種々の組織や器官の形態形成で重要な役割を担っていることも明らかにされつつある。

【図3】現在明らかなBMPの系統

2)間葉系細胞の分化とBMP(*22)

@間葉系細胞の分化に有用な培養細胞

 骨芽細胞、軟骨細胞、骨髄間質細胞、筋肉は共通の未分化な間葉系細胞(間葉系幹細胞とも呼ばれている)に由来する。

 未分化な細胞から各々の細胞系への分化過程を詳細に解析するには、培養細胞が有用な手段となる。

 われわれは現在までに種々の分化段階の培養細胞を用いて間葉系細胞の分化過程を解析してきた(図4)。

【図4】間葉系細胞の分化過程

 われわれが用いている培養細胞の中でいちばん未分化な細胞は C3H10T1/2 細胞である。この細胞はマウス胎児よ樹立された線維芽細胞で、DNAのメチル化を阻害する 5-azacytidine で処理すると筋肉、軟骨細胞、脂肪細胞へ分化することが知られている。
また、われわれが新生仔ラット頭蓋冠から樹立した細胞株 ROB-C26(C26) 細胞(*23)は骨芽細胞の表現形質の発現が弱く 、コンフルエント後には筋管細胞が出現し、デキサメタゾンを添加すると脂肪細胞が出現する。そのため C26 細胞は骨芽細胞、筋管細胞、脂肪細胞へと分化能を保持する細胞として有用である。 MC3T3-E1 細胞はマウス頭蓋骨から樹立された骨芽細胞である。

 本細胞は本邦で樹立され、海外でも広く利用されている骨芽細胞様細胞の一つである。また、 ST2 と MC3T3-G2/PA6(PA6) 細胞は骨髄間質細胞由来の前脂肪細胞で、造血支持能を有する細胞株である。一方、 C2C12 細胞と L16 細胞は筋芽細胞で、前者は成長マウスの筋再生部から樹立された細胞株で筋肉衛生細胞に由来すると考えられており、後者はラット骨格筋由来の筋芽細胞で衛生細胞の性状は有していないと考えられている。

 以上のような細胞株を用いることにより、未分化な間葉系細胞から骨芽細胞、軟骨細胞、脂肪細胞を含む骨髄間質細胞、筋肉への分化過程を in vitro で検索することが可能となってきた。

A未分化な間葉系細胞の分化に及ぼすBMPの作用

 前述したように C3H10T1/2 細胞を 5-azacytidine で処理すると筋管細胞、脂肪細胞、軟骨細胞に分化することが知られていたため、この細胞はある条件下では種々の間葉系細胞に分化する潜在能を有していると考えられた。また、この細胞は通常の培養条件ではアルカリフォスファターゼ(ALP)活性が非常に低く、副甲状腺ホルモン(PTH)に対する応答性がなく、オステオカルシンも産生せず、骨芽細胞の形質をほとんど発現していないため、骨芽細胞への分化誘導過程を解析するのに好都合であった。
そのためわれわれはまず、 BMP-2 が C3H10T1/2 細胞のALP活性とPTHに対する応答性について検討した。その結果、 BMP-2 は予想通りこの細胞のALP活性とPTH応答性を誘導した(*24)。また、 BMP-2 は C3H10T1/2 細胞のオステオカルシンの産生も誘導した。これらの結果は BMP-2 と C3H10T1/2 細胞を骨芽細胞へ分化させることを示している。また BMP-2 は本細胞を骨芽細胞へ分化させるだけでなく、軟骨細胞や脂肪細胞へも分化させる。

B骨芽細胞の分化に及ぼすBMPの作用

 われわれの樹立した C26 細胞はALP活性およびPTHに対する応答性が低く、オステオカルシンも産生せず、未分化な骨芽細胞様細胞と考えられる。この細胞に BMP-2 を添加して培養するとALP活性とPTH応答性が著明に上昇し、オステオカルシンの産生も誘導された(*25)。これらの結果は、 BMP-2 は未分化な骨芽細胞様細胞をより成熟した骨芽細胞へと分化させることを示唆している。
一方、。 MC3T3-E1 細胞は、 C26 細胞と異なりほかの細胞系への分化能をもたない骨芽細胞様細胞株である。 BMP-2 はこの細胞でもALP活性とPTH応答性を著明に促進し、オステオカルシンの産生も誘導した。しかし、 C26 および MC3T3-E1 細胞では BMP-2 を添加しても C3H10T1/2 細胞でみられたような明らかな軟骨細胞の出現は認められなかった。これらの結果から、 BMP-2 はすでに骨芽細胞の方向へ分化が決定した細胞の骨芽細胞への分化を強力に促進するが、軟骨細胞の方向へと分化を転換させる作用がないことを示唆している。

C骨髄間質細胞の分化に及ぼすBMPの作用

  ST2 と PA6 は骨髄間質細胞に由来する細胞株で、通常の培養条件では骨芽細胞の形質をほとんど発現していない。 ST2 細胞に BMP-2 を添加すると、同細胞のALPが上昇し、PTH受容体の発現とオステオカルシンの産生が誘導された(*26)。 PA6 細胞も通常の培養条件では ST2 細胞と同様に骨芽細胞の形質をほとんど発現しておらず、 BMP-2 を添加するとALP活性は誘導されたが、PTH受容体の発現とオステオカルシンの産生は誘導されなかった(*26)。さらに、 ST2 細胞を BMP-2 とともに diffusion chamber 内に入れ、ヌードマウスの腹腔内に移植すると chamber 内で明らかな骨組織が形成された(*26)(図4)。

 これらの結果は、骨髄間質細胞は BMP-2 の作用により骨芽細胞へと分化するが、その応答性には骨髄間質細胞の中で多様性があることを示唆している。

D脂肪細胞の分化に及ぼすBMPの作用

  Wang ら(*27)は、前述した C3H10T1/2 細胞を BMP-2 で処理すると、この細胞は骨芽細胞、軟骨細胞だけでなく、脂肪細胞へも分化することを報告している。また、 Ahrenら (*28)も C3H10T1/2 細胞に BMP-2 または BMP-4 遺伝子を導入すると、 C3H10T1/2 細胞は骨芽細胞や軟骨細胞だけでなく、脂肪細胞へも分化したことを報告している。われわれも、 C3H10T1/2 細胞を BMP-2 で処理すると、この細胞が脂肪細胞へも分化することを確認している。これらの結果を総合すると BMP-2 は未分化な線維芽細胞 C3H10T1/2 を脂肪細胞へ分化させる作用があると考えられる。
一方、 Gimble ら(*29)は、最近、 BMP-2 は骨髄由来の前脂肪細胞の分化を抑制することを報告した。この結果は、 C3H10T1/2 細胞に対する作用と逆で、 BMP-2 の脂肪細胞の分化に対する作用が両細胞間で異なる理由は明らかにされていないが、用いる細胞によって BMP-2 の作用が異なる可能性がある。
脂肪細胞は多くの組織に分布しているが、骨髄由来の脂肪細胞とほかの組織に分布する脂肪細胞ではホルモンに対する応答性が異なることが知られている。皮下組織の脂肪に由来する前脂肪細胞はインシュリンによって脂肪細胞へ分化するが、骨髄由来の細胞はインシュリンでは脂肪細胞へ分化せずに、デキサメタゾンなどで脂肪細胞に分化する。
C3H10T1/2 細胞はマウスの初期胚に由来する線維芽細胞で、 Gimble ら(*27)の用いた細胞は骨髄に由来する前脂肪細胞である。そのため、 BMP の脂肪細胞の分化に対する作用は骨髄由来細胞とほかの組織由来の脂肪細胞で異なる可能性があるので、さらに検討が必要である。

E筋肉の分化に及ぼすBMPの作用

  BMP を筋肉に移植すると同部で軟骨・骨組織が形成される。この現象は筋肉内には、 BMP の作用により軟骨細胞、骨芽細胞へ分化できる osteoprogenitor cell が存在していることを示しているだけでなく、 BMP が筋肉の分化でも重要な役割を担っていることも示唆している。

 われわれの樹立した未分化な骨芽細胞様細胞であるた C26 細胞は筋管細胞への分化能を保持している。われわれはこの細胞の分化に及ぼす BMP-2 の作用を検討している過程で、 BMP-2 は C26細胞の骨芽細胞への分化を促進するだけでなく、筋管細胞への分化を抑制することをみいだした(*25)。
L6細胞でも BMP-2 により筋管細胞の分化を抑制されたが、このときL6細胞は骨芽細胞・軟骨細胞へは分化しなかった(*25)。
一方、 BMP-2 は筋肉内の衛星細胞に由来すると考えられている C2C12 細胞における筋管細胞への分化をほぼ完全に抑制し、この細胞を骨芽細胞へと分化させることが片桐ら(*30)によって明らかにされた。

  BMP-2 を添加しないで C2C12 細胞を培養すると多数の筋管細胞が形成され、これらの細胞はミオシン重鎖やトロポニンTなどの筋肉に特異的な形質を発現するようになるが、骨芽細胞の性状は発現しない。

一方、 C2C12 細胞に BMP-2 を添加して培養すると、筋管細胞の発現はほぼ完全に抑制され、多数のALP陽性細胞が出現した。
さらに、 BMP-2 は C2C12 細胞の PTH/PTHrP 受容体とオステオカルシンのmRNAの発現を誘導した。そのため BMP-2 は筋芽細胞の分化を抑制し、筋芽細胞の分化の方向を骨芽細胞の方向へ転換させる作用があることが明らかになった。
このとき、 BMP-2 は C2C12 における miogenin, MoyD の発現を抑制していた。以上の片桐らの結果は、 BMP-2 が筋肉の分化を抑制し、ある種の筋原性細胞を骨芽細胞へ分化させるときには、筋肉の分化を決定する重要な転写因子である MoyD ファミリーの発現を抑制するとともに、骨芽細胞への分化過程で重要な転写因子の発現を誘導している可能性を示している。
【図5】間葉系細胞の分化におけるBMPの役割
以上述べた間葉系細胞の分化過程におけるBMPの役割を図5にまとめた。

おわりに

 イギリスの著明な古生物学者 L B Halstead は彼の著書 『The pattern ofvertebrate evolution(脊椎動物の進化様式)』(*28)のなかで次のようなことを述べている。

 『骨組織の発達は脊椎動物の進化の過程で重要な意義をもっていた。このことなしには、活動的な補食者に進化することはなかったろうし、まして陸上での生活をはじめるなどということは思いもよらぬところである。脊椎動物の進化における骨組織の重要性からみて、脊椎動物の歴史の初期段階に骨が出現した要因を考察してみることは無意味ではあるまい』。

 日ごろ、何げなく硬い組織と思っている骨組織の重要性を再確認させてくれる。そして、現在の種々の骨疾患の成因や治療法に関する研究を進める場合にも、このような観点から骨格を構成する骨組織を見直すことは無意味ではないだろう。

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