はじめに
発育途上にある小児期では身長、体重とともに全身の骨格系も大きな変化をとげている。生直後、長管骨で骨端核を有するのは大腿骨遠位端のみであり、腰椎も成人にみられるような長方形ではなく、むしろ楕円形に近く後背部の方は桜の花弁のように欠けている。通常は、皮膚、筋肉などにおおわれて静止しているようにみえる骨であるが、生涯のうちで最も骨吸収、骨形成が盛んなのは小児期であり、なかでも第二次性徴期が最も旺盛である。この時期にわずか3カ月で閉経期の女性が1年間に損失するのと同量の骨密度をつくっている。
最近、骨密度測定器の普及によって最大骨密度に達する時期や男女の骨密度の違いなどが小児期から明らかにされてきた。上肢、下肢などの長管骨に多い皮質骨の Peak は、従来考えられていたように30歳代にあるようである。ところが、腰椎、大腿頸部に多い海綿骨の Peak は16〜18歳ごろにあることが、ここ2,3年の間に諸外国より発表されてきた(*1〜3)。そこで共通しているのは女子では11〜14歳、男子では13〜17歳が骨形成の最も盛んな時期であり、骨粗鬆症予防のために最大骨密度を高める努力を10歳代に集中するように啓蒙活動が行われだしたことである。
ここでは、筆者らが最近3年間に測定した6〜18歳までの小児の骨密度の正常分布と、それに関連する基本的体格などと運動の及ぼす影響について述べてみたい。その前に、最近の子どもの骨折の増加と低下する体力に触れておきたい。また、後半では骨密度と運動との関わりについて考えてみたい。
1.子どもの骨折と低下する体力
1)子どもの骨折
小・中学生の骨折件数は年々増加する傾向にあるといわれている。1993年に報告された兵庫県2市町村の小・中学総骨折件数は13.5%であり、1970年全国調査の約1.5〜1.8倍に増加している(*4)。千葉県では子どものスポーツ活動による骨折や疲労骨折が毎年増え続けており、オーバーユースへの対策の遅れが指摘されている(*5)。
われわれは熊本市内の小学生607人、中学生745人、高校生679人、計2,031人を対象に骨折に関するアンケート調査を実施した(*6)。アンケート兼同意書は市教育委員会から学校長を通じて配布された。1週間後の回収率はそれぞれ94.1%、97.0%、60.7%であった。各学年における累積骨折率(骨折数/アンケート回答数)は図1に示す通りである。両者との間に有意な正の相関が認められ、回帰式から男子3.4%/年、女子は1.4%/年増加すると計算される。 |
【図1】小・中・高校生の骨折率の推移
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平均年齢65.0±7.7歳の中高年女性213人の総骨折件数は49人(骨折率23.0%)である(*7)。年齢別にみると50〜60歳代に骨折した人は30人(骨折率62.1%)である。それでは、この人たちが今から約50〜60年前の小児期のころにどれくらい骨折していたのか記憶をたよりに問診したところ、10歳未満4人(1.9%)、10〜20歳未満5人(2.3%)、合計9人(4.2%)であった。現代のライフスタイルや診断基準とは異なるが、約半世紀前の小児女子の骨折率は極めて少なかったものと考えられる。
2)骨折の部位特異性
子どもは転んだり落ちたりするとき上半身を打ちやすく、骨折も上半身に多くみられる(*8)といわれている。部位別にみると1位が上肢、2位が下肢、3位が鎖骨で、上肢と鎖骨を併せると67.2%を占めている(*8)。われわれの調査では、小学校・中学校でそれぞれ上肢61.8%:55.3%、下肢18.2%:21.3%、鎖骨5.4%:6.6%その他と不明が14.5%:16.7%であった。上肢と鎖骨を併せると67.2%:61.9%であり、国立小児病院の報告(*8)と近値である。
、上肢の内容は上腕10.9%:1.0%、肘関節16.3%:5.6%、前腕7.3%:9.1%、手関節14.5%:16.2%、手指10.9%:20.3%、不明1.8%:3.0%であった。
、骨折部位は中学生では手関節、手指が36.5%であったのが小学校では25.4%であった。かわりに上腕、肘関節、前腕の骨折が中学生15.7%に対し、小学生34.5%と増加している。これは最近の子どもの骨折の特徴として、上腕骨など大きな骨が折れていることを示唆している。
3)骨折と骨密度の関連
骨折経験者の骨密度を定量でできたのは男子16人、女子11人、合計27人(延べ34症例)で、その結果は表1(*9)に示す通りである。
注)運底、運庭は運梯と思われるが、状況や骨折部位欄の記載は回答されたままのものである。
(井本ら1993(*9)より引用)
明らかにスポーツ活動や遊びが誘因と考えられる症例(●印)が多い(58.8%)傾向である。また、教育活動(体育やスポーツ)中より、むしろ家庭や外出中の単独事故で骨折するケースが多い。
、それでは骨折した子どもの骨密度は本当に低いのか。もしそうであるなら、われわれが作製した骨密度の正常値とどれくらい差があるのかを検証した。図2、図3に示したように、
【図2】骨折した子ども(●)の腰椎骨密度
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【図3】骨折した子ども(●)の腰椎骨密度
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男子は−1SD以下に5人、±1SD以内に10人、例外として+1SD以上に1人であった。女子は−1SD以下に4人、±1SD以内に7人であった。
、これまで小児の骨折は必ずしも骨密度は低下していないという意見もあるが、今回の調査で骨折経験者の約1/3は骨密度も低下していた。
、なお+1SDの男児は肥満である(骨密度0.976g/cu、身長140.8cm、体重47.6kg、BMI 24.8)。ステージの上から落下して大きな衝撃を受けて骨折したケースである。
4)低下する子どもの体力
1994年度に文部省がまとめた小学生から10歳代の若者は『走る、跳ぶ』などの基礎的な運動能力やからだの柔軟性が著しく低下していることがわかった。 特に50m走と立ち幅跳びは小学1年から4年までの全学年で調査開始(83年度)以来の最低の記録だった(図4)。 | |
【図4】運動能力テストの結果(全国の小学1年生) (1995年10月10日(火)熊本日日新聞より)
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【図5】伏臥上体そらしの変化 (1995年10月10日(火)朝日新聞より)
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94年度の小1の男子が83年度当時の男子と50m競争をすると約1.8m遅れる計算になる。筋力を測る背筋力、柔軟性をみる伏臥上体そらしや立位体前屈は1984年より観察されているが、伏臥上体そらしは図5にみるように1980年を頂点に年々低下している。
16歳男子で1964年度が55.66cm、80年度は59.14cmだったものが、94年度は55.21cmの最低に下がった。女子も55.20cm(64年度)から94年度は最低の52.63cmとなった。
あとで述べるように、体力と骨密度はかなりの関係を有しているで、子どものときに運動によってつくられる骨密度のつくられ方が少なくなり、成人以降の日常生活に支障を来さないとも限らない。 |