骨 粗 鬆 症

【4.女性ホルモンと骨密度】




小山嵩夫
小山嵩夫クリニック







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1.女性ホルモンと骨粗鬆症
2.女性ホルモンの働き
3.エストロゲンの分泌量と骨密度の変化
4.エストロゲン激減の理由
5.エストロゲンと更年期障害
6.女性ホルモン補充療法とは
7.エストロゲン補充療法との違い
8.女性ホルモン補充療法の安全性
9.月経の仕組みと2つのホルモン
10.女性ホルモン補充療法の実際
1)検査と診断
2)投与方法
3)治療期間・効果
4)副作用
5)禁忌
11.女性ホルモン補充療法の今後
12.若い女性と骨量減少
参考文献


 現在、日本における骨粗鬆症患者の数は、老年病学研究者によると約500万人ぐらいとされ、ある程度骨量減少がはじまった予備群も含めると1,000万人を超えるという研究者もいる(*1)。その総患者数の8割以上が女性であり、その主な理由として次の5点があげられる。
@男性に比べ、もともと骨量が少ない。
A男性に比べ、運動量が少ない。
B男性に比べ、カルシウムの摂取量が少ない。
C妊娠、出産などでカルシウムを多く消費する。
D閉経後に女性ホルモンの分泌が激減する。
このなかで最も大きな原因とされるのが、Dにあげた女性ホルモンの問題である。
ここでは、女性ホルモンの骨に及ぼす影響について解説する。

1.女性ホルモンと骨粗鬆症

 骨粗鬆症は大きく2つの型に分類される。

 1つは、老人性骨粗鬆症といわれるもので、老化により骨形成が破骨のスピードに追いつかなくなることで起こる。これは女性ホルモンとの関係はなく、男性を含む75歳以上の高齢者に多い。

 もう1つが閉経後骨粗鬆症といわれるもので、更年期をむかえた女性が閉経をきっかけに患う。原因は卵巣の機能停止による女性ホルモンの激減である。

 こうした女性ホルモンの減少による骨粗鬆症は、閉経後の女性に起こるだけではなく、女性ホルモンの分泌が著しく低下し、無月経や月経不順に悩む若い女性にもみられる。これは、卵巣の機能がうまく働かないためであるが、その原因の多くは、ストレスや生活の乱れ、そして無謀なダイエットである。ダイエットにより栄養のバランスを崩し、女性ホルモンが減少した結果、若くして急激な骨量減少が認められるわけである。

2.女性ホルモンの働き

 では女性ホルモンとは、いったいどのような働きをもつのだろうか。

 卵巣から分泌される女性ホルモンには、2つの種類がある。1つは、エストロゲン(卵胞ホルモン)であり、もう1つはプロゲステロン(黄体ホルモン)である。

 この2つのホルモンは、妊娠と出産、そして女性の性成熟のほとんどの要素に関わっており(図1)、これらのホルモンが激減することで、女性のからだ全体がさまざまな影響を受けることは明らかである。なかでも、からだの根幹をなす骨の形成に大きく影響するのがエストロゲンの働きである。

【図1】女性ホルモンの働き
女性ホルモン:血液エストロゲン値

3.エストロゲンの分泌量と骨密度の変化

 図2は、女性のエストロゲン分泌量と骨密度の関係をグラフにしたものである。

【図2】
女性ホルモンと骨密度(小山嵩夫、1995)
BMD(g/cu):L-L,AP,DPX
BMD:骨密度
-L第2-第4腰椎
AP:前後像
DPX:二重エネルギーX線吸収法(DXA)による骨密度測定、DXPは機種(Lunar社)
BMD 0.975g/cu:1995年に日本骨代謝学会が最大骨量より約20%以上減少した値を骨量減少とした。
BMD 0.830g/cu:最大骨量より約30%以上減少した場合、骨粗鬆症とした。
HRTの適用:1993年に日本産婦人科学会が、最大骨量より20%以上減少した場合(BMD 0.923g/cu)、予防的にホルモン補充療法を開始することをすすめている。

 女性の成熟期の卵胞期中期においては、血液1ml中には普通100〜120pg(ピコグラム:1兆分の1g)のエストロゲン(E2)が存在するが、更年期には30〜50pgくらに落ち、やがて閉経とともに常に10pg以下になる。すなわち、エストロゲンの分泌は20歳代から30歳代にかけてピークに達し、更年期に激減することになる(*2)。

 一方、骨密度もエストロゲンに呼応して増減し、骨密度の減少に伴って、身長や腰に影響が出はじめる。エストロゲンの分泌量が骨密度に深く関与しているわけだが、どのような過程を経て骨密度が減少していくのかをみてみよう。

 閉経後、女性の卵巣機能が停止すると、まずエストロゲンの分泌が減少し、同時に腎臓では、腸管からのカルシウム吸収を促進させる作用をもつ活性化ビタミンDも減少していく。

 その結果、腸管からのカルシウム吸収が著しく低下して血中カルシウムの濃度が下がるため、その濃度を一定に保つ役割を担う副甲状腺ホルモンが分泌される。副甲状腺ホルモンは、破骨細胞を刺激して血中に不足したカルシウムを骨から溶出させる働きがある。このとき、骨からのカルシウム吸収を抑制する働きをもつエストロゲンが分泌されないと、骨はどんどん血中に溶け出し、骨密度は減り、やがて骨粗鬆症をまねく。

 このように、エストロゲンという1つのホルモンが欠けるだけでも、精巧に仕組まれた骨代謝のサイクルに乱れが生じ、やがて大きな事態を引き起こしていくことになる。

4.エストロゲン激減の理由

 女性の骨にとっていちばんの問題は、閉経をむかえるとエストロゲンの分泌が止まってしまうことである。骨の代謝には、前述のように活性化ビタミンDや副甲状腺ホルモン、また甲状腺ホルモンといったホルモンも関わっているが、これらは分泌が少なくなることはあっても、まったくなくなることはない。

 エストロゲンが閉経後に分泌されなくなるのは、もはや妊娠・出産をしなくていい年齢に達したためである。昔の女性は妊娠・出産ができなくなる年齢に達し、閉経をむかえるころが平均寿命であった。しかし、現代では医学の進歩や生活環境の改善により、この年齢に達した女性も元気で生活できるようになった。だがその反面、現代の女性は新たな問題を抱えることになる。それが、更年期障害、骨粗鬆症に代表されるエストロゲン欠乏症である。

5.エストロゲンと更年期障害

 図2のように、エストロゲンは閉経前後の10年間、いわゆる更年期に激減していく。日本人女性の場合、閉経の平均年齢は50.5歳だが、早い人では30歳代で、遅ければ50歳代後半でむかえる人もいる。したがって更年期とは、年齢に関係なく閉経を中心とした10年前後の時期を指すことになる。

 更年期には、女性のからだと心にさまざまな変化が生まれる。その変化があまりに急激なために、それに対するからだの適応が十分でないと、障害となってからだと心を苦しめることとなる。その原因としては、大きく分けて次の3つがあげられる。
@その年齢の女性がもつ社会的な環境要因。
A精神、気質的なもの。
B女性ホルモンの減少。
以上の点が微妙にからみあいながら生じるのが更年期障害である。

 更年期障害の症状としては、のぽせ、多汗、冷え性、頭痛、肩こりなど実に多くの症状があげられる。これらの原因の多くに、エストロゲンの減少が関わっている。

6.女性ホルモン補充療法とは

 このように、閉経後にエストロゲンが減少することにより骨粗鬆症やさまざまな更年期障害が生じるが、これらの治療法として注目されているのがホルモン補充療法( Hormone Replacement Therapy :HRT)である(*3)。

 わが国における骨粗鬆症の薬物療法としては、男性患者にも女性患者にも、活性型ビタミンDが最もよく使用されている。腎臓から分泌される活性型ビタミンDは、腸管からのカルシウム吸収を助ける働きがあるため、老化による腎臓の機能低下が原因の老人性骨粗鬆症の治療には非常に意味がある。

しかし、現在欧米諸国において広く行われているように、閉経後の女性患者に対してはホルモン補充療法が第一選択であり、それとともに活性型ビタミンDを併用する方法が効果的だと考えられる。欧米ではすでに、ホルモン補充療法は骨粗鬆症や更年期障害のみならず、心臓血管系疾患の予防および治療法として認められつつある。また、この治療法は婦人科では行われているだけでなく、内科でも治療のガイドラインが出されるなど広く普及した治療法となっている。

 図3はデンマークの研究者が発表したホルモン補充療法と骨量の関係を示したものである。治療をしない閉経後骨粗鬆症患者群は、加齢とともに骨量が減少していくのに対し、ホルモン補充療法を行った患者群では、骨量が増加していることがわかる。

 またこの調査では、途中で治療をはじめたり、中止したりしている患者群の骨量についても調べているが、ホルモン補充療法を開始した時点から骨量は増加し、中止した時点から減少していることがよくわかる。

【図3】ホルモン補充療法と骨量の関係

【図4】女性ホルモン補充療法と骨粗鬆症による死亡率
女性ホルモン補充療法を受けた方が、骨粗鬆症が原因の死亡率は低い。

 女性ホルモンの投与により、
骨の状態が回復した結果、
骨粗鬆症による死亡率も減少している。(図4)

( Ross R K et al. Stroke Prevention and Oestrogen Replacement Therapy. Lancet )1505,1989

7.エストロゲン補充療法との違い

 このように、閉経後骨粗鬆症患者にとっては非常に効果的なホルモン補充療法ではあるが、この治療法に踏み切るにあたっては乳癌、子宮癌の副作用を心配する声が多い。そうした副作用を危惧する背景には、ホルモン補充療法の前身であるエストロゲン補充療法との混同がある。

 エストロゲン補充療法は、その名の通り、エストロゲンを単独で服用する更年期障害のための治療法で、1960年代のアメリカで多く行われていた。しかし、70年代に入ると、この治療法を行った女性に子宮体(内膜)癌が多いことが報告され、関係者に大きなショックを与えた。つまり、この事件が尾を引いて、いまだにホルモン補充療法は癌を引き起こす危険な治療法だと考える人が多いのも事実である。

8.女性ホルモン補充療法の安全性

 しかし、現在のホルモン補充療法は、主にエストロゲンとプロゲステロンを併用する方法をとっており、子宮体癌の発生率については、この療法を受けていない人に比べ明らかに低いという報告がされている。

 乳癌については、短期間投与では問題ないことは判明している。
しかし、5年以上にわたって投与する場合は、エストロゲン分泌が高いと一般に乳癌の発生率は高いため、明らかにHRTにより発生率が増加するとの結論は出されていないが、定期的な検診が大切としている(図5)(*4)。

【図5】女性ホルモン補充療法と子宮体癌の発生率
約3,000人を対象に9年間にわたり追跡した。
女性ホルモン補充療法は子宮体癌の発生を抑えることがわかる(*:有意差あり)。

 また、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)、脳梗塞に関しても、女性ホルモン補充療法を受けている人の危険率は、受けていない人に比べ低く(表1)、これらの予防にもなっていることがわかる。

(表1)は、【ここをクリックしてね】

9.月経の仕組みと2つのホルモン

 それではなぜ、現在のホルモン補充療法では、エストロゲンとプロゲステロンを一緒に服用するようになったのか。この2つのホルモンの密接な関係を知るために、ここで月経の仕組みについて簡単に言及する。

 まず、卵巣の中にある卵胞は脳下垂体から分泌される卵胞刺激ホルモンの刺激によって成熟しはじめる。そうすると卵胞からはエストロゲン分泌され、妊娠の下準備として子宮の内膜を厚くしていく。

【図6】2つのホルモンの働き
血液中のエストロゲンが増加すると、その情報は視床下部にフィードバックされ、再び脳下垂体からホルモンが分泌されて卵胞が刺激され卵子が放出される。これが排卵である。

 排卵後の卵胞は、はじめのうちは血液が充満しているために赤く、『赤体』と呼ばれるが、のちに『黄体』となる。
黄体から分泌されるホルモンがプロゲステロンであり、このホルモンはエストロゲンによって厚くなった子宮内膜を受精卵が着床しやすいように仕上げていく。

 しかし、この時点で受精が行われなかった場合、必要のなくなった黄体はしぼみ、プロゲステロンはどんどん減少していく。そして、厚くなっていた子宮内膜ははがれ、血液とともに膣を経て流れ出す。これが月経である(図6)。

 すなわち女性のからだはこの月経のメカニズムにおいて、エストロゲンとプロゲステロンの2つが緊密に連携しあうことでバランスを保っている。したがって、薬物治療の際エストロゲンのみ単独で投与することは、一方の働きのみを増進させ、女性のからだにアンバランスな状態をもたらす。このことが、子宮体癌などを生む原因ではないかとの考えから、プロゲステロンを併用する方法が生まれたのである。