ミネラルバランス
木村美恵子 タケダライフサイエンス リサーチセンター
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はじめに
近年、『日本人はカルシウム(Ca)が摂取不足である』そして、その結果『骨粗鬆症のヒトが激増している』と、Caの摂取不足が指摘されて久しい。このことは、毎年実施されている国民栄養調査の栄養摂取状況結果データから、図1に示すように、Caの所要量600mgが充足されていないこと、および、近年発達した種々の機器による骨検査結果から女性の骨塩量が低いと指摘されていることが主な根拠となっている。その結果、『Caを多く摂取しましょう』と推奨され、また、Caが多量に強化された食品がめだつようになっている。
【図1−a】カルシウム摂取量の年次推移 (平成9国民栄養調査成績)
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【図1−b】栄養所要量に対するCaの充足状況 (平成10版国民栄養の現状より)
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一方、日本人の死亡原因をみると、これまで首位を占め続けていた脳血管疾患が栄養指導・啓蒙と食生活の変化に伴い減少し、反面、心疾患による死亡が急増している。心疾患増加の原因として、日本人の食生活の欧米化による動物性脂肪の摂取増加やマグネシウム(Mg)摂取量の減少、特にCaとMgの摂取比の上昇があげられる。 、これまでの日本人の獣畜類摂取が少なく、魚介類や野菜、藻類摂取の多い食生活ではMgの摂取不足は比較的問題となっていなかったが、食生活の欧米化に伴い、肉類、乳類など畜産物摂取の増加による蛋白質やCa、鉄などの摂取が増加して、日本人の栄養改善に大きく寄与してきたが、反面、Mg含有量の多い魚介類、野菜類などの摂取が減少した。 、そして、近年の心疾患の急増とその原因として、Mgの摂取不足に関する研究がすすみ、日本人でも欧米諸国と同様Mg摂取不足とCa/Mg摂取比の低下が指摘されるようになった。
1.CaとMgの性質と分布
CaとMgは、いずれも2価のイオンであり、周期律表でみるとCaはMgのすぐ下の位置にあり(参照)、いずれもアルカリ土類金属(2A族)に属し、科学的性質が類似している。一般に、化学的性質が類似している物質は、生体内で同一のレセプターに結合しうる可能性を示し、そのうち一方が結合したときほかが生理活性を示さない場合は拮抗関係、両者が生理活性を示すときは一方はほかの代用をすることを示している。CaとMgは、相互作用により影響を及ぼしあい、一方が他方の異常の引き金に、または、お互いに補いあう場合もある。
【表1】日本人のミネラル摂取量 (1日当たり、成人男子換算値) (木村美恵子:最新医学45(4)1990より) |
| 元 素 | 摂取量 |
微量必須元素 |
鉄(Fe) | 10〜14mg |
銅(Cu) | 1.2〜1.6mg |
亜鉛(Zn) | 8〜20mg |
マンガン(Mn) | 3〜9mg |
セレン(Se) | 0.1〜0.2mg |
フッ素(F) | 2.5mg |
ケイ素(Si) | 41mg |
バナジウム(V) | 230μg |
クロム(Cr) | 10〜30μg |
コバルト(Co) | 300μg |
ニッケル(Ni) | 120〜220μg |
ヒ素(As) | 110μg |
モリブデン(Mo) | 150〜180μg |
スズ(Sn) | 1mg |
ヨウ素(I) | 0.2〜20mg |
鉛(Pb) | 150〜230μg |
必須と考えられる元素 |
ホウ素(B) | 1mg |
アルミニウム(Al) | 4.5〜4.7mg |
ストロンチウム(Sr) | 1〜2.3mg |
カドミウム(Cd) | 47〜113μg |
バリウム(Ba) | 430〜450μg |
ゲルマニウム(Ge) | 0.6mg |
リチウム(Li) | 0.1〜2mg |
常量必須元素 |
カルシウム(Ca) | 380〜600mg |
マグネシウム(Mg) | 200〜300mg |
リン(P) | 1,100〜1,300mg |
ナトリウム(Na) | 4,500〜5,500mg |
カリウム(K) | 2,000〜3,200mg |
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生体必須性が明らかとされているミネラルには、表1に示すように、多種が知られている。
ナトリウム(Na)、カリウム(K)、リン(P)、Ca、Mgなどは1日グラム(g)単位の摂取が必要とされている多量元素、ミリグラム(mg)単位の少量であるがヒトの健康保持に大変重要な鉄(Fe)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、マンガン(Mn)、セレン(Se)など十数種の微量元素が知られている。 、これらのものは、その摂取絶対量の過不足はもちろん重要であるが、それ以上にその摂取バランスが重要となる。これらのミネラルは生体内では、骨に最も多く含まれているが、Caのみではなく、MgやPなど体内に存在するほとんどのものが存在している。
生体内含有量はCaが最も多く体重の1.5〜1.0%を占め、P、K、硫黄(S)、塩素(Cl)、Naについで、Mgは7番目に多く0.03〜0.04%を占める。Caは骨に99%、細胞外液に0.1%、細胞内に1.0%分布し、Mgはは骨に54%、細胞外液に1%、細胞内に46%、Pは骨に86%、細胞外液に0.03%、細胞内に14%存在している。
骨を構成しているアパタイトの主成分はCaとPであるが、そのなかにMgやその他の元素が混在している。アパタイトのなかではMgはCaの2/10(モル比)以下である。体内総量と骨中存在の比率から考えると、骨中ではMgとCaのモル比はおよそ3/100であるが、骨から絶えず出入りして血漿レベルの恒常性維持に働き、この比はCaとMgの栄養状態により変化するものと考えられる。 、細胞内にはMgは12gとCaの7gより多く、種々の代謝過程に関与しており、細胞内Mgは脳に最も多く58mEq/kg湿重量存在し、ほかの組織ではほぼ同濃度の18〜23mEq/kg湿重量である。体液中Ca、Mg濃度は常に厳密に調節されており、血漿中濃度はCa4.8mEq/l、Mg1.8mEq/l、P1.2mEq/lで、Caは髄液中より高いが、Mgは髄液中の方がやや高値である。ちなみに、ミネラル組成では土壌より体組成に近いといわれている海水には、にがりにMgが多量に含まれていることは周知のことであるが、海水中濃度は、Caが20mEq/l、Mgが92mEq/lである。 |
2.CaとMgの吸収と排泄
ミネラルのなかには、Na、Cl、K、Pのように、通常量では、その吸収がほとんどコントロールされていないものもあるが、Ca、Mg、Zn、Feなどは吸収が調節されており、したがって、吸収量は必ずしも摂取量を反映しない、通常量範囲では、Mgは30〜50%の吸収が期待できる。
体内にはCaはMgに比べて多量に存在するが、尿中排泄をみると、生理的条件下では、MgはCaと等モルまたはそれ以上の比率で排泄される特色がある。特に、Mgが欠乏しているとき、Caの排泄比率が高くなることがある。また、これらは汗中にも若干排泄されることが知られている。食事や発汗の状態で異なるが、通常はCaは300mg/l以下、Mgは2mg/l以下ぐらいであるが、特に過激な運動をした場合などは汗中濃度がCaは100mg/l、Mgは10mg/lぐらいに上昇することもある。
3.CaとMgの相互作用と病態
CaやMgの過不足が種々の疾患を招くことは周知のことであるが、CaとMgが相互に関連しあっていると考えられるものに、骨粗鬆症、動脈硬化症、虚血性心疾患、低カルシウム血症、ストレスなどもあげられる。
骨のリン酸カルシウムの安定にMgが必要とされるため、Mgが欠乏すると、骨の形成、吸収、石灰化のいずれもが障害されることから、骨粗鬆症の原因はCa摂取不足が原因というのみではなく、Mgの摂取不足、CaとMgの摂取アンバランスが大きな原因となっている。骨粗鬆症患者では骨塩量と血漿中Mg濃度との間に相関関係が認められ、Mg剤の投与や食事からのMg量の摂取増加により骨密度の改善も認められたという報告もある。
血圧、循環器疾患と河川の水質との関連、すなわち、酸性の水質地域では脳卒中や高血圧疾患の患者が多く、アルカリ性の水質地域ではこれらの死亡率が低いことが(水のアルカリ度は水の硬度とほぼ相関する)が、小林らにより報告されて以来、Ca、Mg摂取不足が高血圧を招くことが多くの疫学調査結果から報告されている。また、高血圧者群にCaを投与することにより血圧の降下をもたらすことができたという報告もある。 、しかし、これらの場合、錯綜したその他の栄養など、その他の条件の関連が予測され、一致した見解が得られていない。他方、Mg摂取不足とCaとMgの摂取比率の高値は血圧の上昇を招くという報告もある。
前記小林らの報告以来、虚血性心疾患・死亡率と飲料水の硬度との関連、特にMg摂取不足との関連に関する多くの疫学調査報告(図2)がだされた。
実験的結果からも、Mg摂取量とMgとCaの摂取比率の低下が、血清中コレステロールの上昇、HDLコレステロールの低下、および、中性脂肪、リン脂質値などの上昇を招くなど脂質の代謝異常をもたらし、動脈硬化、虚血性心疾患の大きな原因となることが証明されている。 、臨床的にも、心筋梗塞患者では血清Mgの低値とノルアドレナリンの上昇が認められること、腹部大動脈の石灰沈着のあるものの血清中Mg濃度が正常者に比較して有意に低値であることなど多くの報告がある。 |
【図2】虚血性心疾患死と 食事中Ca/Mg比の関係 ( Karppnen H : Artery9,1981より)
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これらへのMgの作用機序として、細胞内ミネラルバランスが関与すると考えられる。細胞内ミネラルの代表的なものに、K、Mgが、細胞外ではNa、Caがある。Mg欠乏により、まず、補酵素としてMgを要求するNa−k依存性ATPase、CaATPaseの働きが低下、膜イオン透過性の上昇をもたらし、ミトコンドリアへのCaイオンの蓄積→心筋虚血、不整脈、また、血小板の凝集も起こる。そして、HDL-コレステロール(CHO)の低下、LDL−CHO、VLDL−CHOの上昇(図3)→動脈硬化、カテコールアミンの分泌促進をもたらすなどが考えられる。
【図3】血清リポ蛋白分画におけるトリグリセライドとコレステロールへの飼料中Mgの影響 ( Rayssiguier Y, Gueux F : Magnesium2,1983より)
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Ca、Mg栄養は糖尿病との関連も指摘されている。インスリン依存性糖尿病や重症のインスリン非依存性糖尿病患者では低Mg血症が認められることが知られている。同時に糖尿病患者ではCa不足も生じ、患者調査で15〜25%に骨の減少が認められている。糖尿量が多くなると、CaやMg尿中の排泄も増加し、また糖尿病ではビタミンDの活性化障害も考慮され、これによりCa、Mgの腸管吸収の低下にもつながり、骨の減少を招くものと考えられる。
筆者は実験的研究より、Mg欠乏が、肝臓、脾臓に極端な鉄の蓄積を招くことをみいだし(図4)、鉄沈着症( hemocromatosis )のモデルであることを報告した。
また、Mg欠乏により、ヒトでは低Ca血症が生じ、Caを摂取していてもCaの尿中排泄は減少することが知られている。 、この原因として、Mgの欠乏により、副甲状腺ホルモン(PTH)の合成、分泌低下、PTHへの反応低下、Caの体内分布のアンバランスがもたらされるなどが考えられている。 ストレスもCaやMgの不足状態ではストレスに対する反応が増幅され、ストレスからの解放後もストレスの影響が続き回復が大幅に遅れることを実験結果から証明した。 、すなわち、カテコールアミンやセロトニンなど神経化学伝達物質の脳線条体などからの放出のコントロールが大幅に低下する。 、これらもCaとMgの微妙なバランスが問題となるが、詳細はいまだ解明されていない。 、また、近年、発癌予防としてのCa、Mgの作用も考慮されるようになった。 |
【図4】Mg欠乏によるラット生体内ミネラルバランスへの影響 ( 木村美恵子 : 病体生理 9(11),1990より)
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上記病態はお互いに影響しあい、また、その治療の副作用としても誘起されることも考えられる。
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